1990年のイタリアW杯で得点王をさらったストライカー。大会当初は、ヴィアーリやカルネバーレの陰に隠れ、イタリア代表でもレギュラーの扱いではなかった。だが、途中交代で結果を出していくと、救世主のごとき働きでゴールを量産し、ホスト国を牽引していった。「トト(全能)」の異名を持ち、ハイエナのごとくゴールを狙うスタイルが真骨頂。上背はそれ程ないが、タイミングとスピードで落下地点を予測して強烈なヘッドを叩き付けるプレーも得意とした。
クラブレベルでは長くセミプロの選手であり、1989年まではセリエBのメッシーナに所属していた。1990年には、ユベントスでUEFA杯を制覇。
1994年からは磐田でプレーし、相手を引き摺りながらもゴールへ突き進む迫力に、多くのDFが怖れをなした。