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| 2004/01/08掲載 |
| 【高校サッカーの魅力】 |
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昨年度のような雪に見舞われることもなく、暖冬という好条件にも誘われ、各会場に多くの観衆を集めた第82回高校選手権も、あと1試合を残すのみとなった。今大会の特長を一つだけ挙げてみると、何より多くのゴールが生まれたことに尽きるだろう。
準決勝までに行われた試合は、全部で46。仙台育英の石井が決めた風を味方に付けてのロングシュートに始まり、国見の平山が見せた左足での強烈な一発まで、総ゴール数は147となり、1試合当たりのゴール数では、3.20となっている。大雑把に言ってしまえば、2-1以上のスコアとなった試合が各会場で生まれて来た計算となる。
2試合の合計で10ゴール以上を目にすることが出来た会場もひとつではなかったし、無得点のまま大会を去ったチームは、8つしかない。
そして、何より特筆すべきなのは、スコアレスのままでPK戦に突入した試合が一つも生まれていないこと。昨年度の大会でも2つあった0-0の試合は、誰も見ていないのである。
ハットトリックを達成した選手を挙げれば、鹿実の永嶺に市船の高橋、岐阜工の伊藤。そして準決勝での国見、平山相太。実に4人が晴れ舞台での快挙をやってのけたのだが、去年は平山が2回戦で丸岡(福井)を相手に記録しただけであったから、今年のゴールラッシュは、やはり目を引く結果と言えるだろう。
これだけのゴールが生まれると、印象的なゴールも沢山ある。準決勝で直接FKを叩き込んだ筑陽の桑原は、チームを決勝へと導き、同じく見事なFKを決めた市船の鈴木は、逆にその鹿実戦で涙を飲んだ。難易度で言えば、丸岡の藤田が筑陽戦で決めたダイレクトボレーは、驚愕の域に達しており、市船カレンのオーバーヘッドも数多くのリプレイが約束される一発だった。
時間帯でみると、試合終了間際の決勝弾は、どんな試合でも劇的なものであり、立正大淞南、丸岡、鹿児島実、青森山田などが本当にあと少しのところで膝を折ることになった。
それにしても、高校選手権は何故これほどに劇的な試合が多いのか。
何故、多くのゴールが生まれて行くのか。今大会でPK戦にまでもつれた試合は6つと、昨年度より4試合も少なく、多くの学校が最後まで運任せの決着を善しとしなかったことが伺える。
その一方で、鹿実−近大附戦や青森山田−盛岡商戦のように早い時間帯から点差が付く試合もあったが、消化試合のような雰囲気を感じさせる試合はひとつもなかった。
今季のJ1を振り返ると、特に2ndステージで引分けに終わる試合が数多く発生して混戦に拍車をかけたが、これは引分けもあるというサッカーという競技をより多面的に見せる反面、勝利への意識を奪う側面もなかったとは言えないだろう。残留争いをしていた大分や神戸、そして柏などは、ホームであっても監督が勝点1を守ろうとする采配を行なっていたし、チームの中からも遠いゴールよりわずかな1ポイントを得ようという気持ちが見えていることが少なくなかった。
サッカーというスポーツが、勝点を奪うことばかりに主眼が置かれてしまい、ゴールを挙げるという最も単純で基本的なゲームの性質を捨ててしまう状態は、果たして健全なものと言えるのだろうか。
プロだから、興行であるから仕方がないという人もいるかもしれない。
リーグ戦とノックアウト方式では、戦い方がまるで違う。それも正論であろう。
しかし、世界を見渡しても0-0の引き分けを評価する土壌など、どこの国にもほとんど存在しない。スペインやオランダなどでは1点を奪われたら2点、2点を奪われたら3点を取りに行く姿勢がないと、スタンドからは大ブーイングが起こる。それは下位のチームであっても同じで、ホームで引き分けを狙いに行くような試合は許されないし、果敢に立ち向かってこそ選手たちはサポーターから賞賛の拍手を贈られるのである。
結果ばかりが重視されるというイタリアでこそ評価の趣は異なっているが、アルゼンチン、ブラジル、イングランド、ドイツなど多くの伝統国では、ゴールを挙げることに殊更熱心な姿勢が保たれている。
サッカーというゲームにおいてゴールへの執着心が消えたら、それは面白いものなのだろうか。高校選手権はそうしたゴールへの欲求、姿勢が素直に出るからこそ、多くの観客を呼び込んで活況を呈してきたのではないか。国立競技場を使用した日本リーグの試合に1,000人程度の観客しか来なかった時代であっても、高校サッカーの人気は下火にならなかった。
TV局やスポンサーのバックアップなど多くの要因があったことも事実だが、何よりプレーしている選手たちの勝利への思いが、ひしひしと伝わって来たことを抜きにしてこの成功は語れない。
高校レベルでは組織だった守備を完成させるのが難しく、それが多くの
ゴールをもたらして来たのも、また確か。その反面、かつては帝京がそうであり、近年なら市船のように堅守を伝統にするチームが一時代を築いたのも、守備を完成させることの難しさから来ている。
逆に言えば、傑出したストライカーやアタッカーは目に留まりやすく、今年の平山相太がそうであるように大久保嘉人(国見)、林丈統(滝川二)、北嶋秀朗(市船)、吉原宏太(初芝橋本)と、攻撃的な選手ばかりがスターダムに押し上げられた。もう少し溯れば、アデミール・サントス(東海一)に黒崎久志(宇都宮学園)、武田修宏(清水東)、谷中治(帝京)など、のちにJSL〜Jリーグで活躍した選手の多くが、冬の大舞台を経験して羽ばたいている。
こうした選手たちも最後の1秒までゴールを信じ、自分の可能性を試して来たことは間違いないはず。高校という多感な時期を共に過ごし、幾多の苦しい練習に耐えてきたチームメイトと1分、1秒でも長くプレーしていたい。指導者や応援してくれた人々への感謝を一つでも多くの勝利で応えたい。そうした気持ちもあるだろうが、試合中の彼らは、そんなモチベーションをゴールという究極の目標に向かって集中させ、一つになることが出来る。だからこそ、胸を打ち、感動を覚える試合が数多く生まれて来るのだろう。
普段なら動かなくなっている足が動いてゴールへ迫り、練習でも出来ないようなシュートが決まることも多い高校選手権。ピッチの誰もがゴールへの意識を持ち続けているから、多くのゴールが生まれているというのは、疑う余地のないところ。
どんなレベルの試合であっても、サッカーをする者なら、ゴールへの熱い想いだけは捨ててはならない。高校サッカーは、いつもそうした原点を教えてくれるのではないだろうか。
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著者:らいてぃー
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