Soccer Days > Reading > フットボールコラム > 高校選手権が生んだスター
(S61、62年度編)
         
 
2004/01/23掲載
高校選手権が生んだスター(S59、60年度編)
 
(昭和61年度/1986年度)
清水東、清水市商に続き日本一のサッカーどころから出た第三の刺客、東海大一が、初出場高同士となった決戦を制し、またもや清水へ優勝旗をもたらした。

その最大の原動力なったのが、ブラジルからやって来た褐色の留学生
FWアデミール・サントス(2年)。柔らかなボールコントロールと巧みな身体の使い方は、さすが王国で生まれ育った選手と思わせるもの。国見との決勝戦では、熱を押しての出場ながら、直接FKから見事なシュートを決めてチームを優勝へ導き、自らは得点王にも輝いた。ボールの曲がり方、落ち方、そしてコース。全てが揃ったこのゴールは、今や伝説とも言えるほどに衝撃的なものであった。

だが、東海大一は、決してサントス一人に頼ったワンマンチームではなかった。DFラインには、主将の大嶽直人(3年)や内藤直樹(3年)。中盤には沢登正朗(2年)や吉田康弘(2年)に加え、あのメキシコ五輪で銅メダリストとなった杉山隆一の息子、淳一(3年)の名前もあった。更に、FWにはサントスだけでなく、平沢政輝(2年)という決定力のある選手を抱え、どこを取ってもハイレベルな陣容であった。決勝までの5試合を全て無失点、それも必ず2点差以上をつけての勝利を挙げたとなれば、正に完璧な全国制覇だったと言えよう。

エース、サントスは2年生であったが、年齢では一つ上だったため、これが最後の大会。すぐにヤマハへ加入し、JSL初優勝にも貢献した。その後、清水へ移ったが、外国人枠の問題から出場機会は少なく、帰化もなかなか認められず。ようやく三渡洲アデミールとなった頃には、怪我により満足なプレーが出来なくなっていた。現在は日本人と結婚し、清水市内で「バナナ・シュート」という名の喫茶店を経営している。

大嶽は、順天堂大から横浜F時代に加入。オフトジャパンの代表にも入り、あのドーハも経験。のちに京都へ移っている。杉山は父の母校、明治大へ進んだ後、ヤマハへ進んだ。内藤は中大から日立へ進み、清水と広島、神戸でプレー。引退後は、東海大翔洋と校名を変更した母校で監督となっている。

決勝で敗れはしたが、国見は小嶺監督就任3年目にして夏の総体を制覇。新鮮なトータル・フットボールを見せて、大きな衝撃を与えたチームだった。キープ力に長けた技巧派のMF其田秀太(3年)や、パワフルな突破力を持つMF岩本文昭(3年)を中心とし、2年生2トップの村田一弘、二宮浩も力強さと速さを兼ね備えていた。準々決勝までの4試合で23ゴールを挙げるという抜群の破壊力を見せ、市船や暁星も完膚なきまでに粉砕された。其田は全日空から藤枝、福岡でプレー。MF小島光顕(3年)は、富士通から広島、福岡と長く選手生活を続けた。

その国見を準決勝で大いに苦しめたのが、北海道の雄、室蘭大谷。
天才肌の財前恵一(3年)に、FKを得意とする野田知(3年、鹿児島)らが構成する中盤は質が高く、遅攻と速攻をうまく使い分けていた。残り時間もわずかなところでPKを取られ、国立を後にしたが、久し振りの決勝進出にもあと少し手が届くところだった。財前は日産へ進み、柏を経てから地元の札幌へ。現在は、札幌のコーチ。野田は、国士館大から財前の後を追って日産入り。横浜Mで長くプレーした後、福岡に移り、今はヴォルカ鹿児島で現役を続けている。

そして、ヴォルカ鹿児島といえば、現在の監督は、横浜Fや磐田などで活躍したDF前田浩二。その前田も、3年時のこの大会に、鹿児島実業のDFとして出場していた。

また、2年連続でベスト4に入ったのが、古豪秋田商。前年度の大会でも活躍したGK船川琢也(3年)を軸に、よく組織されたチームとなって、再び国立まで戻って来た。

準々決勝の前には、9年ぶりとなる大会中の降雪により、各会場で地元の高校生などが駆り出されて除雪作業を行なった。そこで、実に印象的な試合が生まれている。

前年のベスト4、宇都宮学園と室蘭大谷の試合。ともに超高校級と言われたMF黒崎久志(3年)と財前を擁するチームの対戦ということで注目を浴びたが、互いに一歩も譲らない白熱した試合は、1-1のままPK戦へ。双方の11人全員が一つの失敗もせずに進んだ中、決着がついたのは、15人目となってから。宇都宮学園の守備陣を支えたDF根岸誠一(2年、のち鹿島)のキックが、室蘭大谷のGK星野元彦(3年)に止められて、2時間を越える熱戦にピリオドが打たれた。

大柄でありながら、非常に技術と戦術眼を見せ付けたエース黒崎は、本田技研へ進み、2年目には日本代表にまで成長。鹿島から京都、神戸、新潟とチームを移り、昨季の大宮を最後にスパイクを脱いでいる。

決勝に進出した2校の強さが際立った中、敗れ去った学校の中にも目を引く選手はいた。帝京を破って出場権を獲得した暁星は、国見のパワーの前に大敗。エースMF小杉敏之(3年)こそ本調子ではなかったが、大倉智、村上浩という2年生2トップは、今後に期待を抱かせた。
小杉は卒業後、名古屋と仙台でプレーし、現在は中日スポーツの記者として活躍している。

他には、高校卒業後、ヤマハ時代から長く磐田に所属した四中工のGK尾崎勇史(3年)も、能力の高さを見せた。国見に3ゴールは奪われたが、好プレーを連発していた。

1回戦で消えた山城にいたのは、DF奥野僚右(3年)。早大から鹿島へ進み、数々のタイトルを獲得。川崎と広島を経て、昨季までJFL昇格を決めたばかりのザスパ草津で監督をしていたのは、周知の通り。

最後に、この年の選手宣誓を行なったのは、前橋育英の主将でMFの山口素弘(3年、現新潟)。チームは1回戦で九州学院(熊本)に敗れたが、山口自身は、直接FKを決めて一矢を報いている。

(昭和62年度/1987年度)
2年連続同一カードの対戦となった決勝戦を制したのは、前年度の雪辱に燃えていた国見だった。昨年からのメンバー、FW二宮浩(3年)やMF村田一弘(3年)らに加え、どこのポジションもこなすMF吉田裕幸(3年)に、テクニシャンのMF永井秀樹(2年)らを擁した布陣は、実にバランスよく、激しいポジション・チェンジによる流動的なサッカーが展開されていた。

東海大一との決勝では、ライナー性のクロスボールに飛び込んだFW山木勝博(2年)が、きれいに合わせたシュートを決めて、国見は島原商も
成し得なかった単独での選手権制覇を果たした。

国見サッカーの申し子と言われた吉田は、国士館大からヤマハへ進み、福岡や本田技研でもプレーした。二宮は浦和と水戸で、村田はDFに転向し、セ大阪から大分へとチームを移っている。

連覇を狙った東海大一は、主将となったMF沢登正朗(3年)や吉田康弘(3年)にFW平沢政輝(3年)など、豊富なタレントを残していたが、7ゴールを挙げて得点王となったエース平沢に頼り過ぎた側面も強かった。2トップを組んだ濁澤一仁(2年、のちヤンマー)も良い選手ではあったが、国見のDFを一人でこじ開けるほどの強さは持たず、怪我を抱えたままの平沢に負担がかかった。GK中原幸司(2年、のち清水)、DF熊埜御堂智(3年、のち柏、山形等)らを中心とした守備陣も堅固だっただけに、惜しまれる敗戦であった。

スポーツ紙上で高校サッカー界のマッチ(近藤真彦)とも呼ばれた平沢は、実力・人気ともにナンバーワンの評価を受け、カメラを持った少女たちが少しでも近くで写真を撮ろうと群がっていた。卒業後はトヨタに進んだが、プロとはならずに安定した生活を選択した。

一方、沢登は今も清水の絶対的な顔であり、吉田も鹿島や清水、広島でいぶし銀のプレーを見せ続けた。鹿島時代には、ジーコに「自らの後継者」と名指しされるほどに期待をかけられた時期もあったが、代表などの肩書きは得られなかった。

この年、初めてベスト4に進出した市立船橋は、夏の総体覇者。今も伝統としている堅い守備をベースに、無失点で勝ち上がって来たが、決定的な仕事をするFWの差で、東海大一に敗れ去った。フジタに進んだFW高橋憲司(3年)も奮闘していたものの、嗅覚に長けたタイプではなく、決定力が今一歩及ばなかった。

準決勝で痛恨の空振りをして、平沢に決勝弾を奪われたDF新井二朗(3年、のち日立、フジタ)は気の毒に感じるほど泣きじゃくっていたが、セットプレーの際にブロックサインを送っていた主将でMF安達亮(3年、のち横浜F)の姿は、多くの小中学生に真似された。

準決勝で国見から先手を奪ったのが、四日市中央工のFW酒井秀一(3年)。抜群のスピードで敵陣を切り裂き、落ち着いたフィニッシュを見せるアタッカーだった。四中工では、もう一人のエース松本安司(3年)が、準々決勝の古河一戦で目の覚めるようなオーバーヘッドキックを決めて、観衆の度肝を抜いたことも印象深いところ。その後、数年はハイライト番組で必ず名シーンとしてリプレイされていた。松本は浦和と福岡でプレー。酒井は法政大卒業後、地元のコスモ石油に進んでいる。

優勝した国見に最も手を焼かせたとも言えるのが、愛媛の南宇和。MF和泉桂司(3年)を軸に、DFとFWを掛け持ちする埜下荘司(2年)や期待の1年生、黒田一則らの高い能力を持つ下級生が伸び伸びとプレーして、ベスト8に入った。

但し、準々決勝で最大の話題をさらったのは、東海大一と帝京の激突。会場となった大宮サッカー場は超満員に膨れ上がり、スタンドの下をも開放して、ピッチのすぐそばまで観客がいる中で試合が行なわれた。帝京は、MF磯貝洋光、FW森山泰行、MF本田泰人、DF飯島寿久と、3年生だけを拾っても、のちのJリーグで活躍するタレントを多数擁しており、ドリームチームと呼ばれたほど。しかし、森山が頭を鮮血で染め、FW池田伸康(2年)も肩を壊しながら戦った末、スコアレスのままで80分を終え、PK戦で敗れ去った。磯貝と森山は、それぞれ、ガ大阪と名古屋の顔となり、本田は、今も鹿島でプレー。飯島も、名古屋や川崎で息の長い選手生活を送った。

他に目立った選手を挙げると、岐阜工のGK下川健一(2年、現横浜)。
噂通りの大物ぶりを発揮して大会随一の評価を受けたが、東海対決と
なった四中工戦では、攻撃陣の差が出てしまった。

1回戦で大量7点を奪った古河一では、市原や新潟、水戸でも活躍した
MF木沢正徳(3年)が10番を背負っていた。FW手呂内勝政(3年)やMF久間倉正之(3年)などもいた攻撃陣は、強力だったものの、決定力には大きな波があった。

東海大一に3回戦で敗れた佐野日大の海老沼秀樹(2年)は、順大を卒業後、母校へ赴任。今年度の選手権にも監督として帰って来ている。

また、緒戦で国見に大敗した東北学院には、FW加藤望(3年)もいた。沢登や磯貝と東海大でプレーした後、柏一筋に13年目のシーズンを迎えようとしている。

この大会は、総観客動員数が37万人を超え、新記録を樹立。前年の決勝進出2チームや、帝京、市船、旭(神奈川)といった関東圏の学校が順調に勝ち上がったことで、大いに盛り上がった。

著者:らいてぃー 

 
 
  メールマガジンの
ご購読(無料)は
こちらから <
enter>