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| 2004/03/12掲載 |
| 【ゴールへの期待】 |
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2004年のJリーグ開幕が迫っている。2ステージ制で行われる最後の年となる今季、一つの偉大な記録が生まれることが確実視されている。
それが、Jリーグ通算150ゴール。もちろん、この達成者と見込まれているのは、磐田の「魂のストライカー」中山雅史である。区切りの数字までは、あと5つ。早ければ、1stステージ中に達成されるのではないだろうか。現在130ゴールのカズも数字的に見れば150ゴールまで届く位置にいるが、Jリーグでの試合数やチームの強さなども考慮すれば、現実的ではない。
彼らの数字を追いかけるのは、現在J2での成績を含めれば95ゴールを挙げている城(横浜FC)であるが、トップリーグでの記録に限定するなら、87ゴールの藤田(磐田)が実質的な第3位に位置する。
それでも、この2人が中山とカズの数字を抜くことはないだろう。
キャリアのピークは過ぎ去っているし、これまでの得点率からしても今後の大幅な伸びは、それ程期待出来ないはず。
むしろ、今年28歳。すでに83ゴールを積み重ねて来た久保(横浜FM)の方が、記録更新に近い位置にいる。年齢と性格からしても、海外進出は余り考えられず。強豪チームに所属していることも、数字を伸ばす後押しとなる。ただし、ペースからすると今後4〜5年に渡って年平均15ゴール近くを奪わないと、歴代トップスコアラーの地位は難しいもの。
4年もすれば大幅にメンバーが変わる中で、最低33歳まではレギュラー
であり続けることが、必須条件となって来る。
こうしたことを考えると、カズと中山が築き上げてきた記録の偉大さが余計に染み渡る。良きライバルでもあるこの2人、JSL時代からの数少ない生き残りでもあり、カズにはブラジルや欧州でのキャリアもある。
そこで残した数字を足せば、とっくに両者とも150ゴールは超えている。
これに代表やカップ戦でのゴールも加えると、少なく見積もっても200回
近くはゴールを揺らしていると計算してよいだろう。国際Aマッチでのゴールだけを数えても、カズは56。中山は、21もの数字を持っており、この記録だけでも抜くのは至難の技。
だが、日本リーグでの数字を振り返るなら、日本のトップに立つのは釜本邦茂。JSLだけで202ゴール。国際Aマッチでの数字のみを拾っても、
72ゴールと群を抜いている。JSLでの得点王に輝くこと、計7度。欧州の一部の国を除く全ての国が、選手の輸出国となりつつある現況において、Jリーグで同等の記録を達成する選手は、今後もまず現れないだろう。
しかし、世界を見渡すと、カズや中山、そして釜本が残した記録なども、
やはり霞んでしまう。世界で最も多くのゴールを挙げた選手として真っ先に名前が浮かぶのは、当然、サッカーの神様ペレ。クラブや代表を通じて1,365試合で1,282ゴール。サントスだけでも1,090ゴール、セレソンでは77ゴールと気の遠くなるような数字を残している。
しかし、世界で最もゴールを記録したとされるのは、ペレではない。
ペレよりも四半世紀前のブラジルで活躍したアルツール・フリーデンリッヒがその人。サンパウロやフラメンゴなどで活躍した、このフリーデンリッヒ。ドイツ人の父とブラジル人の母の間に生まれ、白人ばかりで構成されていた当時では、珍しい混血児の選手であった。試合数こそ明確な記録は残されていないが、1909年から1935年までの26年間に通算1,329ゴールを挙げたとされている。
だが、国際Aマッチでのゴール数ということになれば、ペレを凌ぐ選手は
他にもいる。「マジック・マジャール」と怖れられた時代のハンガリー。4年に渡り無敗を誇ったチームのエースだったのが、フィレンツェ・プスカシュ。18歳で代表にデビューし、ヘルシンキ五輪では金メダルを獲得。
そして、1954年のW杯などでも活躍したが、ハンガリー動乱により祖国を離れ、29歳にして代表から退くこととなったが、通算84試合に出場し83得点という驚異的な数字を刻んだ。
また、ハンガリーでは、プスカシュと同時期に生きたスイス大会の得点王サンドール・コチシュも特筆すべき存在。代表通算68試合で75得点を挙げており、当時のハンガリーがいかに偉大なチームであったかというのが、2人の記録を見ただけでも推し量れる。
一方、国内リーグでの記録という面に目を移すと、8度の得点王に輝いたアティーリオ・ガルシアを挙げておきたい。ウルグアイのナシオナルに在籍し、1938年から1944年まで7年連続で得点王。1年置いて1946年にも得点王となっており、欧州が戦間期になければ、海を越えていたに違いない。ナシオナルが1939年から5連覇を果たす原動力となり、ペニャロールの後塵を拝していたクラブが立場を逆転させた英雄であった。
同様に得点王の回数であれば、イングランドにおいて11年間で6度の得点王に輝いたジミー・グリーブスも忘れてはいけないだろう。チェルシーで頭角を現し、トッテナム時代には3年連続で得点王に輝いた。
トップリーグでの通算357ゴールは、現在2位のアラン・シアラーをも大きく引き離し、イングランド代表でも歴代3位となる44ゴールを記録している。また、1961年に記録したシーズン41ゴールは、2度と破られないだろうとも言われている。
但し、このジミー・グリーブスの偉大な記録も、戦後最多というだけで、上には上がいる。それは、エバートンの伝説。ウイリアム・ディキシー・ディーン。1927-28年シーズンに39試合で60ゴールという驚異的なペースでゴールを量産し、世界的にみても不世出の大記録を打ち立てている。
守備における戦術が高度化し、FWの人数も削減される傾向が強い現代においては、試合数を越えるゴールを生まれることは希。ゴールが多く入るリーグと言われているスペインやオランダであっても、それは変わらない。Jリーグにおいては、1998年の中山だけが実現させている。
常にストライカー不足が叫ばれる昨今、ゴールに鍵をかけるより、ゴールを奪うことに専心するチームがもっと出て来ることを願うファンも多いはず。わずか90分の戦い。サッカーにおける歓喜は、勝利の瞬間よりもゴールによってもたらされるものが大きいのだから、一つでも多くのゴールが見たい。
エメルソンやウェズレイには、昨年以上のゴールラッシュを期待し、中山以来の記録に挑んでもらいたい。そして、各チームのストライカーも、最後まで手を緩めることなくゴールを求め続けて欲しいものだ。
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著者:らいてぃー
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