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2004/03/20掲載
シンガポールのサッカー
 
ドイツを目指す日本。オマーンの次に戦う相手となるのが、マレー半島最南端の国、シンガポール。東南アジアの中で最も国民所得が高く、近代的な街並は先進諸国と何ら変わりがない。高い教育水準に支えられた人的資源を最大の売りとする珍しい国家を実現させた、新興諸国の優等生である。

第二次大戦後も植民地としての扱いを受けていたが、1959年にイギリスから独立し、当初はマレーシアに編入された。そのシンガポールが、完全なる独立国家として歩き始めたのは1965年。まだ主権国家の体制を整えてから半世紀も経っていない。

しかしながら、英国領だったことで、この地域を統括するサッカー協会が出来たのは実に古く、19世紀。1892年のこと。日本より30年も早くサッカーを広める組織が生まれていたのである。戦後の1952年には、英領のままFIFAに加盟。1954年にAFCが設立された際にも、オリジナル・メンバーとして参加している。

過去最高の実績を探すなら、1966年にバンコクで行われたアジア大会。3位決定戦で日本に敗れたものの、4位という成績を残している。

ただし、W杯の予選に初めてエントリーしたのは、1978年のアルゼンチン大会から。これまで一次予選も突破したことはなく、日本とはメキシコ大会の予選でも当たっているが、2戦して1-3、0-5と完敗を喫している。

そんなシンガポールが生んだ最高の選手といえば、1980年代に活躍した攻撃的MFのファンディ・アーマド。インドネシアのクラブでプレーしていたところを、オランダの雄アヤックスにスカウトされて1982年に契約。
アジアの小国から連れてきた選手と3年もの契約を結んだことは、非常な驚きをもって迎えられた。その後、フロニンヘンでもプレー。全盛期にオランダ・リーグで腕ならぬ足を磨いた。

今季から、アルビレックス新潟が参戦していることでも話題となっているSリーグは、1996年4月の創設。隣国マレーシアのMリーグにならい、国内のアマチュア・リーグを再編してつくられた。過去には、巻田誠一(元浦和等)や吉田達磨(元山形等)といった日本人選手も足を踏み入れて来た。

Sリーグはプロ組織なのだが、国内最強といわれるのは軍のチーム。アジア・チャンピオンズ・リーグで勝ち進んで来ることもないが、チョン・バル、ゲラン・ユナイテッドといった2番手グループに実績でも大きく差を付けている。

また、Sリーグができた1996年には、東南アジア最強チームを決めるタイガー・カップのホスト国ともなっているが、タイ、マレーシアといったライバルを負かすことは出来ず。人口300万に届かない小国の運命を改めて知らされる結果に終わった。

日本との時差は1時間足らずであるが、何せ赤道に程近い国。春が訪れたばかりの日本から行けば、身体はその蒸し暑さに悲鳴を上げる。
汗腺も十分に開いていない中で運動すれば、普段以上に疲労感は高まるし、旅慣れた欧州組でも呼吸に苦しむことは想像に難くない。

ラグビーとの兼ね合いでナショナル・スタジアムが使えないため、試合が行われるのは、わずか6,000人収容の器。在留邦人も多いことからチケット争奪戦が激化しているようだが、現地のサッカーファンも中田や小野といった欧州のスター選手を生で観られる機会とあって、はしゃいでいるという話も聞こえて来る。常に弱小であった代表チームへの思い入れも強いものではなく、日本がアウェーの雰囲気を作られる心配もなさそうである。

今後の得失点差を考えて、大量得点を欲っする気持もあるだろうが、全く環境の違う場所で無理をする必要はない。早めに勝負をつけて、後は流すような試合運びが出来れば、理想的なのではないだろうか。

著者:らいてぃー 

 
 
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