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2004/04/12掲載
アイスランドのサッカー
 
北極圏の南に位置する国、アイスランド。高緯度の国ほど大きく描かれるメルカトル図法やミラー図法では、近隣のブリテン島と同じくらいに見えるが、実際はアイルランドよりわずかに大きい程度。
ただし、人口は30万人弱と、アイルランドの首都ダブリンと変わらない程しかおらず、人口密度もまるで違う。(一人当たりのGNPは倍。)

 もともとは無人島であったが、9世紀頃にバイキングが流入。
1380年からはデンマークの支配下にあったが、1944年にデンマークから独立し、共和制の国家を創設させた。

 そんなアイスランドにサッカーが持ち込まれたのは、他の欧州の国々と同じく19世紀末。1899年に国内最初のクラブと言われている、KRレイキャビックが創られ、その後も首都レイキャビックに集中してクラブが設立されていった。

 国内リーグがスタートしたのは1912年だが、独自のサッカー協会が出来たのは1929年。デンマークの一地域を統轄する団体としてであった。

初の国際試合は独立後の1946年で、宗主国であったデンマークと戦い、0-3で敗れている。

 1960年にはカップ戦も始まり、毎年8月にはカップ・ファイナルが開催され、盛り上がりを見せる。リーグは現在1部、2部ともに10チームで構成され、2チームずつの自動入替え制を採用している。レイキャビック勢でほとんどのタイトルを独占しており、KRレイキャビックの他にIBKケフラビック、IAアクレインズ、バイキングールといった辺りが主要なクラブ。
国名の通りに氷に覆われる時期が長いため、国内シーズンは4月から10月と短く、ホームでの国際試合は、8割方がこの時期を選んで開催される。

 代表チームのユニフォームは、ノルウェー国旗の配色を反転させただけとも思える国旗の配色をベースにしており、上から青・白・青。袖口や襟元等には、必ず国旗の十字を縁取る赤色も取り入れられている。

 これまでで最も有名な選手と言えば、アンデルレヒトやボルドーで活躍したFWアーノル・グジョンセンだろう。73キャップ、14ゴールという数字は、いずれも歴代2位で、1970〜90年代にかけてはアイスランドの代名詞的存在だった。アンデルレヒト時代には、リーグ制覇だけではなく、UEFA杯準優勝という結果も残している。

 また、グジョンセンの息子アイドゥールもアイスランド代表歴を持ち、親子で同じ国際Aマッチに出場したという今も唯一の珍しい記録を作っている。

 W杯はもちろん、欧州選手権や五輪、ワールドユースへの出場経験もなく、弱小の部類に数えられるアイスランドだが、僅かに著名な選手も存在する。

 現在の代表チームで最大の顔となると、プレミアリーグ、チェルシーのFWアイドゥール・グジョンセンだろう。
 欧州チャンピンズ・リーグで初の準決勝進出を果たしたばかりのチームにあっても重要な役割を担っており、ハッセルバインクやクレスポなどといった著名なタレントと鎬を削っている。

 また、アストン・ヴィラにもMFジョーイ・グジョンセンという選手がいるが、アイドゥールとの血縁関係はなく、こちらは試合にも余り出場出来ていない。

 4月の欧州遠征では、日本代表も対戦する訳だが、層の厚さや世界大会での実績においても上回っているだけに、勝利を求めておきたいところ。

 近年では、1994年3月に来日。栃木県営競技場で柏レイソルと親善試合を行ない、2-1で勝利している。
 前述のアーノル・グジョンセンもいた時代のことであるが、当時JFLだったチームと接戦だったことに加え、一国のナショナルチームが来日しながら、日本代表とのマッチメイクも実現しなかった経緯を踏まえれば、その実力がどの程度かは推し量れよう。

 スコットランドやアイルランドでプレーする選手もいることから、実質的なアウェーゲームということには間違い無いが、引き分けで十分といった相手でもない。

 シンガポール戦で中田英が「手後れにならないうちに・・」と語ったことを思い出し、一人一人が日の丸を背負う自覚を持ったプレーを氷の国の選手たちに見せ付けてもらいたい。

著者:らいてぃー 

 
 
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