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2004/06/19掲載
代表ブランドへの違和感
 
先週の独W杯一次予選、3連勝で前半戦を折り返した日本。
グループ内で最も力が落ちると言われたインドから大量7ゴールを挙げ、スタンドはお祭り騒ぎに沸いた。

この試合が行われたのは、さいたまスタジアム。
2002年には、W杯準決勝や日本ーベルギー戦などが行われ、国内最大の専用競技場としてその名を高めている。
ドイツヘのスタートとなったオマーン戦でも使用され、スタンドは久し振りとなる予選の緊張感に包まれた。

だが、先のインド戦で記録された63,148人という観衆には、どうしても違和感が拭えなかった。6万3千を超えるこの数字。これはさいたまスタジアムの最高記録であり、オマーン戦や日韓W杯の4試合をも上回るものであった。

各地で空席が目立ちチケット騒動に揺れたW杯の数字はまだしも、イタリアやアルゼンチンなど世界に名だたる強豪が足を踏み入れた際より客の入りが良いというのは、驚きを禁じ得ないものであった。

もちろん、チケット販売の方式を変更したことで、チケットが死に券となる率を低くしたことも過去最高の観客数を生み出した要因であろう。
現在は、専用電話とインターネットで予約が受付けされ、引き替え期間を過ぎても現物化されなかったチケットが、一般のチケット販売委託会社に回ることはない。

つまり、ぴあやローソンなどの端末でW杯予選のチケットが普通に販売
されることはなく、チケット販売日の1週間後にキャンセル分を獲ることも不可能となっているのである。

予め第2希望、第3希望を聞いておき、流れた分は始めに申し込みを受けた人へと行き渡る。合理的と言えばそれまでだが、代表戦のチケットがそれほどまでに多くの需要を生むようになったのは、いつからであろうか。

21世紀に入ってからというもの、チケットゲッターなる輩の出現により、プラチナ化するチケットが買い占められ、電話予約の番号にかけても話中の音にさえならないという状況が日常化した。
発売当日に電話をかけてもNTTなどのアナウンスしか聞けず、話中の音にさえならないまま完売となった経験を持つ人は、決して少数派ではない。逆に、電話がつながったことを珍しがる場合も多い状況となっているはず。

こうした苦情が余りに多かったため、JFAは事前登録による抽選制度を導入したのだろうが、それにしても代表の試合であれば何でも客が入るという今の状況は異常と言えるだろう。

ドーハの悲劇を体験し、W杯出場が日本の悲願と言われた1997年のフランス大会予選。最終予選では、国立競技場の前にテント村が出現し、数日前から泊り込むことさえ常態化していたが、そんなことは有り得なかった。

当時、一次予選で同組にいたのは、オマーン、ネパール、マカオ。
オマーン以外の2か国は噛ませ犬という扱いであり、今回と大差無い顔ぶれ。2セントラル方式で行われた一次予選は、先にオーマンで前半戦が行われ、後半戦は日本で開催された。

そして、会場となったのは、全6戦とも国立競技場。
1週間で各チームが3試合をこなす短期決戦であった。

とはいえ、この日本ラウンド。最後に行われたオマーン戦こそ5万近い観衆を集めたが、その前の2試合はいずれも3万人にも満たない入り。
空席が目立つ中で行われた。

1997年W杯一次予選、日本戦の観衆は、以下の通り
(全て国立競技場)。
10-0 マカオ 27,342人
3-0 ネパール 28,360人
1-1 オマーン 48,839人

オマーン戦の日は台風8号の影響で、マカオーネパール戦の最中には、激しい豪雨で視界が奪われるほど。
このため、客足が遠のいたことも不思議ではない。

しかしながら、最終予選が米国大会の時と同じくセントラル方式になる公算が強かったこの段階で、予選を戦う代表を国内で応援できる機会はこの3試合しかなかったこともまた事実。それでも、国立競技場に足を運んだ人は、今ほど多かった訳ではない。

更に溯ること4年。そのW杯米国大会予選では、どうだったのか。
Jリーグ開幕直前、大きな期待を背負って動き出したオフトジャパンは、前年にダイナスティカップ、アジアカップと立て続けに国際タイトルを獲り、日本サッカーを大きく変革させていた。

当然のようにW杯へ向ける目も大きくなり、チケットの売れ行きは上々。
最大のライバルUAEとアメリカへの船出となるタイ戦のチケットは即日完売し、ウイークエンドのバングラデシュ戦も直に売り切れた。
それでも、スリランカ戦だけは平日のナイトゲームということで、当日券が発売される状態であった。

1993年 W杯一次予選 日本ラウンドの観衆
4/08 1-0 タイ 40,000人(神戸ユニバー)
4/11 8-0 バングラデシュ 53,000人(国立競技場)
4/15 5-0 スリランカ 40,000人(国立競技場)
4/18 2-0 UAE 55,000人(国立競技場)

短期集中開催だと、懐具合の厳しい学生には金銭的負担が大きいこともあり、今と簡単には比較できないであろうが、日本の確実な勝利が予見される弱小国相手の試合。試合中も、今回のインド戦ほどに大騒ぎとなった感はなかった。

他国においても、W杯予選だからといって、どんな試合でも熱狂的な観衆で埋め尽くされるなど有り得ない話。フランスやイタリアがマルタ、アンドラ、ルクセンブルグといった国相手の試合で大観衆を集めることはないし、ブラジルやアルゼンチンもベネズエラ相手なら、余程重要な意味を持つ試合とならない限り、興味の対象にすらなることはない。

日本にとってのインドは、それに等しい相手であったはず。それなのに、メディアはインドの守備を崩せるのかと疑心暗鬼になり、サポーターは一つのゴールが決まる度に過剰なまでの興奮を巻き起こしていた。

7年前のマカオ戦では、カズがダブルハットトリックを完成させても、あんなどよめきは起こらなかった。ネパール相手に3ゴールしか奪えなかった日本へ、ブーイングを浴びせた人も少なかった訳ではない。

いつから日本の志しは、これ程低くなってしまったのか。
何故どこが相手でも単純に大騒ぎ出来るようになったのか。
2002年の熱狂が多くの新しいサッカーファンを獲得したのは分かるが、
今のスタジアムには、騒ぎたいだけのファンが増えたとも感じてしまう。

試合の位置づけや相手との格など関係なく踊り、歌う。
そこでは代表を応援している自分自身が主役となっており、試合内容や結果は二の次となっている。

Jリーグの歴史は積み重ねられ、各クラブの応援も成熟して来た。
磐田や鹿島と平塚、札幌では、目指すものや求める内容も違い、同じ試合を観たとしても反応は異なる。

それなのに、代表と名が付く試合では、全てがお祭りのような雰囲気を
作ろうとするのはどうしてだろう。誤解を恐れずに言えば、現在の日本の状況は異常とも言える。札幌ドームで行われたマリ五輪代表戦も満員に膨れ上がっていたが、五輪代表の試合でスタジアムが満員になること自体、日本の代表に対する価値観がずれていることを示している。

ギリシア五輪代表監督は、日本の最終予選のVTRを観た際に目を疑ったと某紙に書かれていた。欧州では五輪代表の試合でスタジアムが埋まることはない。スカパー!で放映されていた南米五輪予選でも、試合はバックスタンドさえまともにないような会場が使われていた。

あくまでも若年層による大会。五輪は大人の大会というより、フル代表を目指す選手たちが切磋琢磨する場としての扱いでしかない。
ところが、日本の五輪代表はB代表のごとき扱いを受け、スター候補生というよりスターそのものとして捉えられている。

アジアカップよりもアテネ五輪優先。それがJFAの採った道。
五輪代表のオーバーエイジ枠には、誰を選ぼうと構わないとするなど、世界大会の重要性を考えても、些か腑に落ちない話である。

アジアの盟主の座を守ることが、次世代の経験のために軽視されたとも思える扱い。日本が世界との距離を測る上で、これは本当に有益なことなのだろうか。

サッカー不毛の時代から五輪重視の姿勢は、伝統的なもの。
モスクワ五輪予選で負けた後、スペインW杯予選はロス五輪への通過点と位置づけられ、極端なまでの若返りを図ったことを覚えている人もいるだろう。

また、かつてはメディアの扱いも、W杯より五輪予選の方が大きかった。1985年のメキシコW杯予選。北朝鮮を迎え撃った日本は、国立競技場でアウェーを体感した。スタジアムに詰め掛けたのは2万5,000人。だが、そのうちの2万人近くは在日朝鮮人で占められ、「イギョラ!」の声ばかりが響いた。降りしきる雨の中、四方からハングルばかりが聞こえて来る。異国に来たような感覚に襲われたことを覚えている。

要するに、W杯は仮想世界のこと。ファンも現実味を帯びない道程には、興味を示さない。これが20年前の日本の姿であった。

それから、日本サッカー界は大きく変貌を遂げた。
プロリーグが誕生し、W杯にも2度の出場実績を持つようになっている。
サッカーの価値が飛躍的に高まり、国民に広く認知された。

しかし、スタジアムにおける熱狂を観ていると、不思議な温度差を感じずにはいられない。日の丸を付けた選手への盲目的な崇拝と、Jリーグを支える層の成熟。この2つが適度にシンクロしてしていないのは明らか。

恐らく、メディアの扱いにも原因はあるだろうが、もう少しサッカーを冷静に見る人々が増えてきても良いのではないかという思いは強い。

ジーコ監督の解任騒動にしても、結局は目にみえる結果を出すまでトルシエと同等の時間を要しただけの話。

近視眼的になる必要もあるだろうが、すでに90年代初頭のオフトが日本を新たな段階まで急速に引き上げ、その後の10年で緩やかな上昇気流に乗っていたことも確か。

となれば、すでに中堅国の仲間入りを果たした日本が更に飛躍的な成長を続けることは難しい。陸上競技での記録は、限界に近づくと途端に頭打ちになる。
それと同じで、あるレベルまで辿り着けば、他国との相対的な地位を保つことが難しくなり、そこから一歩抜け出すのは非常に困難なこと。

常に右肩上がりの成長が見込めるのなら、スペインやポルトガルもとっくにW杯で優勝しているだろうし、韓国はドイツでの決勝進出を義務づけられる。

世界の情勢は刻々と変化している。何がグローバルスタンダードなのか。日本の目指すべき場所は何処にあるのか。それらを正しく認識する土壌が育っていかない限り、日本サッカーは国民の文化としての地位を築けない。

一人でも多くのファンが、日本サッカーの目的と進むべき方向性を短期と長期、双方の視点で俯瞰出来るようになることを願いたい。

著者:らいてぃー 

 
 
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