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| 2004/08/18掲載 |
| 【選手の異名】 |
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皇帝、将軍、爆撃機、黒蜘蛛。これらの単語を目にして、すぐに選手の姿が思い浮かぶ人は、古くからのサッカーファンであろう。フランツ・ベッケンバウアー、ミシェル・プラティニ、ゲルト・ミュラー、レフ・ヤシン。時代を彩る名手たちのプレーは、その異名を聞いただけで甦るものである。
現在では、こうした異名を持つ選手も少なくなってしまったし、その別称が世界中に定着することも難しくなっている。「オストラバのマラドーナ」。これが誰のことか解かる人は、熱心に専門誌を読んでいる人だけであろう。ユーロ2004の得点王ミラン・バロシュは、生まれ故郷の地名からこう名付けられたが、世界各国のメディアがこれを頻繁に使用することはない。
異名を持つ選手が少なくなったこと。それは恐らく、飛躍的に発達したメディアのせいとも言えるだろう。かつてはサッカーを取材するメディアの数も少なく、権威ある雑誌、新聞というのは、どこの国でもわずかに限られていた。イタリアやイングランドなどでは、リーグ戦の生中継を長く拒んで来た過去があり、TVで観られるのはダイジェスト版だけという時代も長かった。そうなると、より子細な情報を得るには、活字メディアに頼らざるを得ない環境だった。
だが、衛星放送が普及し、多チャンネル時代を迎えた現在では、世界中で多くの国の試合を見ることが出来るし、流通機構やインターネット等の発達により、他国の活字情報も瞬時に入手可能となっている。
こうなると、かつては通信社などから多くの媒体に流されていた単一の情報が、多岐に渡る発信源のもとで異なる見解や表現によって流布され、人々の選択する情報も画一的ではなくなっていく。
これでは絶対的な影響力を持つ媒体は生まれにくく、人々も一部から発信された情報を唯一のものとして受け取ることはない。
今後、ベッケンバウアーやクライフ、プラティニらのように、それだけで認識されるような異名や枕詞が定着することは、難しいのかもしれない。
異名、別称、ニックネーム、あだ名。これは選手の特長を端的に現し、実際に見ていなくとも、そのプレースタイルを想像させる力を持つ。
「黄金の頭」と聞けば、ヘッドに強さを発揮した選手だと解かるし、「ウクライナの矢」となれば、抜群の速さを誇るに違いないことは確実。この異名を持つのは、サンドール・コチシュにオレグ・ブロヒン。彼らのように伝説となった選手を語る際、異名は欠かせないものとなっている。
異名の種類は多種多様。由来の分かりにくいものから、生まれた地域を表すもの。洒落のきいたもの、かつての英雄から頂いたものなど様々。中には一人で幾つもの異名を持っていたり、まるで知られていない異名もある。
あちこちで数多く生まれているのが、第二のペレやマラドーナ。ジーコは若い頃、「白いペレ」と呼ばれていたし、カーナのペレは、そのままサッカーネームとして定着し、アベディ・ペレで通用するようになってしまった。しかも、パスポートにもペレの名前が加えられている。
「砂漠のペレ」マジェド・アブドラーは、アラビア半島の大地から取られたものだし、インドのバイチュン・ブティアは、左利きであることから「インドのマラドーナ」。同様に、「バルカンのマラドーナ」といえば、ルーマニアの英雄ゲオルゲ・ハジのこととなる。
1980年代くらいまでだと、動物の名前を持つ選手も実に多かった。
「小鳥」のガリンシア、「モザンビークの黒豹」エウゼビオに山猫「リネカー」動物的な動きをする選手には、ぴったりの表現であったが、「きりん」と呼ばれたジャッキー・チャールトンは、単に首が長いことからこの異名が付けられた。
また、動物ではないが、捕まえられない程のスピードを持つことから「ピオホ(しらみ)」と呼ばれたクラウディオ・ロペスは、数少ない虫の異名を頂戴した選手。
駄洒落混じりで有名なのは、イングランド代表のGKゴードン・バンクス。
イングランド中央銀行の金庫と同様に、破り難いことから付けられたのが、「バンク(ス)・オブ・イングランド」。レアル・マドリードで絶大なる影響力を誇り、発言力や実力でも抜きん出ていたアルフレッド・ディ・ステファーノは、仲間うちからも「ドン・ステファーノ」と呼ばれていた。「ゴールケア」と名前をもじられたのが、ダニッシュ・ダイナマイトの主砲エルケーア・ラルセン。
オランダ代表のFWマルコ・ファン・バステンは、ピッチ上での燦然たる輝きと、酒も煙草もやらない生真面目な性格から「聖マルコ」と崇められ、ミラノ教会の聖人マルコ像にファン・バステンの名を落書きされたほど。
広く定着した訳ではないが、特定のクラブにおける活躍が顕著だったために付けられたニックネームというのもある。ブラジル代表のMFパウロ・ロベルト・ファルカンは、ASローマ時代にスクデットをもたらし、「ローマの鷹」と言われた。「ブロンドの隼」という異名を持つドイツ代表FWユルゲン・クリンスマンは、トッテナム時代にフェアなプレースタイルから「クリーンスマン(Cleansman)」という異名を付けられた。「浪速の黒豹」エムボマも期間やクラブが限定され、同種の響きを持つ。
地域や国を示す名が付いたものだと、「リベリアの怪人」ジョージ・ウェアに、「ペルシャン・タワー」アリ・ダエイといった辺りが有名か。
他には、現地の言葉がそのままカタカナになって入ってきたため、日本人には理解しずらい名もある。
「エル・プリンシペ(王子)」のエンツォ・フランチェスコリはまだしも、「マイティ・マウス」「スパーキー」「エル・マタドール」といった言葉で、すぐに意味も把握出来た人は少ないだろう。偉大なネズミは、ケビン・キーガン。電光石火のプレースタイルで喝采を浴びたのは、マーク・ヒューズ。そして、アルゼンチンに初のW杯をもたらしたのが、闘牛士マリオ・ケンペスであった。
他にも、「ジェニオ(天才)」のデヤン・サビチェビッチは、その名の通りに天才的なボールタッチで一世を風靡。足を折るかのようなタックルを武器に、闘争心溢れるプレーを見せたスチュアート・ピアースは、「サイコ(狂人)」と呼ばれていたものの、ピッチを離れると素晴らしい紳士ぶりを発揮していた。
こうして挙げて行くときりがないが、日本でニックネームが定着した選手を思い返すと、ほんの一握り。「ゴン」中山雅史に、「(キング)カズ」三浦知良。それに、「ボンバーヘッド」の中澤佑二くらいが広く知られたものであろうか。但し、「カズ」は「ガッザ」のガスコインと同じ短縮系。ニックネームとはいえ、異名という程ではない。
「アジアの核弾頭」原博実、「アジアの大砲」高木琢也と、かつては日本のストライカーに異名を付けた他国のメディアもあったようだが、彼らはそのフレーズが代名詞となることはなかった。しかも、「アジアから生まれた〜」というより、「アジア限定の〜」という意味合いが強く感じられ、逆に揶揄される材料ともなっていた。
五輪期間中の今であれば、「がんちゃん」荒川恵里子や「ハワイ」の川上直子も有名となっているが、一過性の匂いが強く、今後も広く残るニックネームとなるのかは不明。
仲間内では有名なラモスの「カリオカ」も一般には浸透しておらず、木村和司や井原正巳にもこれといった異名は生まれてこなかった。奥寺康彦を「東洋のコンピューター」と称したのは、ドイツのキッカー誌であったが、実際にブレーメン時代の「オク」が常にこの枕詞を付けられた訳ではない。
「和製ベッカム(阿部)」や「美白のロベカル(根本)」とアテネ五輪世代の選手に異名を付けて必死に連呼していたTV局も、ファンや他のメディアに影響力を及ぼすことはなく、あっさりと無視されていた。
日本でサッカーがメディアの注目を浴びてから、まだ12年。サッカー選手に異名が付くほどの歴史がないといえばそれまでだが、世界でも代名詞となるようなフレーズが付けられる選手は、激減している。
とはいえ、その単語だけを見るだけで、実際にプレーを観たことがない人でも創造力をかき立てられるニックネームが消えるのは寂しいもの。
多チャンネル、双方向メディアが主流となりつつある世界。歴史に残すべき名前は、姓名だけではないような気もするのだが、もうそういう時代は過ぎ去ったのであろうか。
<その他の主なニックネームを持つ選手>
「黒いダイヤモンド」レオニダス
「進入者」スタビレ
「時計仕掛け」エルンスト・オツビルク
「雷鳴」ルイジ・リーバ
「鳥人」ヨハン・クライフ
「左足の芸術家」ウォルフガング・オベラーツ
「ドクトル」ソクラテス
「黄金の子供」パオロ・ロッシ
「トト」「サルバドーレ」スキラッチ
「ピクシー」ドラガン・ストイコビッチ
「ピッポ」フィリッポ・インザーギ
「ワンダーキッド(ボーイ)」マイケル・オーウェン
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著者:らいてぃー
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