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| 2004/08/26掲載 |
| 【ノッティンガム・フォレスト】 |
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アーセナルが、四半世紀ぶりに無敗記録を更新した。先週末、ミドルスブラに1-3とリードされてからの大逆転で、5-3と勝利。そして昨日、ホーム、ハイベリーでブラックバーンを3-0と一蹴。偉大な記録へのプレッシャーを感じさせることもなく、1977-78年シーズンにノッティンガム・フォレストが記録した42戦無敗という数字を塗り替えた。
昨季は、イングランド・フットボール史上2チーム目の無敗優勝を決め、今も2003年5月7日のサウサンプトン戦から敗北を知らないアーセナル。とはいえ、これまでの記録を持っていた全盛時のノッティンガムが2度の欧州制覇を果たしたのに対し、アーセナルはなかなか欧州の舞台で結果を出せずにいる。
ノッティンガム・フォレスト。今年で最後となるトヨタカップにおいても、第1回大会の欧州代表として来日。日本のファンにも、最強を誇った時代の陣容を披露している。
創設は、19世紀も半ばの1865年。近隣のノッツ・カウンティに次いで、現存するプロクラブの中では2番目に古いクラブとなる。
設立当初に使用していたフォレスト・リクリエイション・グラウンドからフォレストの名前が取られ、オリジナル・ホームグラウンドの名前を残した
クラブ名も、今ではクリスタル・パレスとノッティンガム・フォレストの2つだけとなっている。
チーム創設当初は、いくつものグラウンドを転々とし、1880年になってからトレント・ブリッジ・クリケット・グラウンドに腰を据える。ここが1898年にシティ・グラウンドと改称。現在に至る。トレント川の対岸には、ライバルのノッツ・カウンティが拠を構えている。
クラブは、1889年にプロ化。とはいえ、株式会社化されたのは、リーグで最も遅く、1982年になってから。1888年のフットボール・リーグ設立時にもメンバー入りせずに、1892年に2部が創設されたのを機にリーグへ加盟。ノッツ・カウンティの後押しもあって、初めから1部リーグに名を連ねた。
というのも、ノッティンガムはサッカー史に残る変革をもたらしたクラブ。1874年にイングランド代表でも活躍したストライカー、サム・ウェラーが初めてすね当てを着用した他、1878年のシェフィールド・ノーフォーク戦では主審に笛を持たせるなど、現在のスタイルへ変わる革新的な役割を担って来た。1981年には、先にゴールネットを取り付けていたリバプールを見習い、ゴールポストの間にクロスバーを設置。ネットも同時に張ることとした。
初タイトルは1898年のFAカップ。それまでノン・リーグ時代には、4度準決勝まで進出していたが、5度目の正直で決勝まで昇り詰め、そのまま
栄冠を手にした。
しかしながら、リーグでの成績は芳しいものではなく、20世紀の声を聞くと、上から下を行き来する生活が長く続く。1949年には、3部(南部)リーグまで落ちるほど弱体化していたが、1959年に戦前から指揮を執っていたビリー・ウォーカー監督の下で、2度目のFAカップを獲得。復活の兆しを見せる。
1963年、ジョニー・キャリー監督が就任してから、1966-67年シーズンの1部リーグで過去最高の2位まで躍進。FAカップでも準決勝まで進み、ファンの歓喜を呼び起こしたのも、一瞬の出来事であった。
当時の主力は、主将ボビー・マッキンレイ。1951年から1970年まで、実に20年近くもシティ・グラウンドでプレー。通算614試合出場の記録は、今もクラブのトップに君臨する数字となっている。
そして、歴史が古いだけの中堅クラブとの感が強かったノッティンガムを欧州でも屈指の強豪に仕立て上げたのが、名将ブライアン・クラフ。
クラブが輝きを放った歴史は、全てクラフの治世と符合している。
田舎のクラブに過ぎなかったダービーを、欧州のベスト4にまで引上げたクラフがやって来たのは、1975年。すると、2部でくすぶっていたノッティンガムは2季でトップリーグに返り咲き、昇格初年度の1977-78年シーズンには、いきなり初優勝を遂げる。このシーズンは、途中から無敗街道を驀進。翌季にかけて42戦無敗という金字塔を打ち立てる。
1978年はリーグだけでなく、同時にリーグカップも制覇。記者選出のMVPにDFケニー・バーンズ、選手選出のMVPにはGKピーター・シルトン。最優秀若手選手にもFWトニー・ウッドコックが選ばれて、ノッティンガムがあらゆるタイトルをさらって行った。
2冠を達成したクラブの次なるターゲットは、当然ながら欧州のタイトル。
1978-79年シーズンの欧州チャンピオンズ・カップ。ノッティンガムは、いきなり欧州3連覇に挑むリバプールと対戦したが、同国のライバルを退けると、順調に勝ち進む。準決勝では奥寺もいた優勝候補、1FCケルンを蹴散らし、決勝ではスウェーデンのマルメに1-0で勝利。2年前には2部で戦っていたチームが瞬く間に欧州の王座に就いた。
決勝ゴールを挙げたのは、イングランド史上初の100万ポンドプレーヤー、トレヴァー・フランシス。バーミンガム・シティとイングランド代表でエース格だったアタッカーを手に入れたことで、チームに足りなかった決定力が備わって行った。
1979年はリーグのタイトルこそリバプールに譲ったものの、リーグ・カップを連覇。2年連続して2つのタイトルを手中にした。
翌1979-80年シーズン。ディフェンディング・チャンピオンとして、欧州の
強豪から挑戦を受ける立場になったノッティンガム。チームは、完全なる勝者のメタリティーを持つまでに変貌していた。
GKにシルトン、DFにバーンズやイングランド史上初の黒人代表選手となったヴィヴィアン・アンダーソン。中盤には現セルティック監督のマーティン・オニールがいて、攻撃陣はフランシスに、スコットランド代表のジョン・ロバートソン。縦のラインに実力者を配し、クラフの戦術も十分に浸透していた。
準決勝ではアヤックス、決勝ではキーガンやマガトー、カルツらを擁した
HSVをロバートソンのゴールで破り、欧州連覇を達成。
ノッティンガムは、世界的な知名度を持つ強豪の座に就いた。
だが、栄華はそれ程長続きするものではなく、フランシスやシルトンが去ると、上位に食い込むことも難しくなる。1983-84年のUEFAカップでは準決勝まで進んだが、アンデルレヒトに2戦合計2-3で敗退。
但し、これは13年後にアンデルレヒトの関係者が主審に賄賂を渡していたことが発覚。ベルギーのクラブは、欧州のカップ戦に出場停止処分を食らうこととなった。
以後は、欧州の舞台とも縁遠くなり、タイトルも1989、90年にリーグ・カップを連覇したのが最後となる。スティーブ・ホッジ、ニール・ウェッブらの代表選手を次々と輩出しながらも、リバプールやエバートンには及ばず、マージーサイドの独壇場を許す。
他にも、1990年のW杯イタリア大会で守備の要として活躍した中には、“サイコ”スチュアート・ピアース、デス・ウォーカーといった選手がおり、ナイジェル・クラフにスティーブ・ストーン、ロイ・キーンといった各国代表選手も在籍してきた。
クラフは、1993年になって勇退。プレミアリーグからも滑り落ちたチームをフランク・クラーク監督が建て直し、1995-96年シーズンには、UEFAカップで準々決勝まで導いたが、バイエルン・ミュンヘンに2-7と粉砕されてしまう。
その後、クラブの顔であったピアースが選手兼監督となった時期を経て、デイブ・バセット、ミッキー・アダムス、ロン・アトキンソンと名の知れた指揮官が復権を目指した。
しかし、クラフを失ったノッティンガムは、瞬時に凋落。完全なるヨーヨークラブへと姿を変えてしまった。1995年には、素行に問題のあったFWスタン・コリーモアをリバプールへ850万ポンドで売り、1997年にはクラブ史上最高額の450万ポンドを費やしてFWピエール・ファン・ホーイドンクをセルティックから買うなど、新陳代謝も進めていったが、どれも奏功するものではなかった。
90年代の代表チームを支えた英雄デイビッド・プラットが2年間指揮を執った後、ポール・ハートがつなぎ、現チームの監督は、ウィンブルドンをプレミアに定着させたジョー・キニアー。ドンズに伝統的イングランド・スタイルを持ち込んで結果を出し続けた頑固さが、プレミア昇格への近道となるのかは、まだ判からない。
選手では、若年代での代表経験を持つDFマイケル・ドーソンが軸となるが、59ものA代表キャップを持つデス・ウォーカーが最も有名なことは、疑う余地のないところ。クラブのアプレンティス(練習生)出身で、1983年から1992年まで在籍して300試合以上に出場。サンプドリア、シェフィールド・Wでのプレーを経て、2002年に帰って来た。1965年生まれというから、すでに39歳となっている。今季はまだ出場が無いものの、プロとしての模範を示す超ベテラン選手が若い選手たちに与える影響は大きなものであろう。
クラブ最高の76キャップを持つスチュアート・ピアースが、
引退後にマンチェスター・Cで指導者の勉強を始めていることから、次期監督候補とも噂されているが、その前にはチームの素地を固めておきたい。
30,602人収容のホームスタジアム、シティ・グラウンドは、ノッティンガムの駅からハーフ・マイルほどで立地も良い。ただ、市議会が1964年から50年の契約で貸与している形となっており、クラブの私有とはなっていない。1996年の欧州選手権では、D組の試合が行なわれ、クロアチア、トルコ、ポルトガルなどが熱戦を展開した。
愛称はユニフォームの色からレッズ。かつてはリバプールとともに、イングランドを代表する勢力であったが、赤い悪魔と砲撃手の赤が席巻している近年では、完全に過去の栄光となっている。シンプルな森のマークが輝きを取り戻すのは、いつになることだろう。
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著者:らいてぃー
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