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2004/12/24掲載
【カザフスタンのサッカー】
 
W杯アジア地区最終予選を前に、日本がウォーミングアップを行う相手が 発表された。 まず、1月29日に久しぶりの来日を果たすのが、カザフスタン代表。 ほんの2年前までアジア・サッカー連盟に所属し、W杯フランス大会予選や シドニー五輪予選でも対戦した旧ソ連諸国の一角である。

「放浪の民」の意を汲むカザクという言葉に国を意味するスタンを加えた カザフスタン共和国。 18世紀以前からウラル山脈の南、キャプチャク草原を中心とした広大な 地域に住みついた人々は、日本民族と同じルーツにあり、顔つきや蒙古判 があるところまで似通っている。 日本人が旅行しても、顔だけならばすぐ現地に溶け込めてしまう。

18世紀頃からロシア人の入植が進み、1920年にはロシア革命後の 内戦を経てロシア共和国の一部とされ、更に1929年、カザフ共和国として ソ連邦を構成する15カ国の一つとなる。

バイコヌールに軍事基地が置かれ、セミパラチンスクが核兵器の実験場 としても重要な位置付けをされて来た中、1991年にソ連の崩壊と共に独立 を果たす。

カザフ・サッカー協会の設立は、1914年。長い間、一国の地方協会として 扱われて来たが、1994年に独自でFIFA加盟を果たし、アジアサッカー連盟 を選択する。

W杯への初挑戦は1998年のフランス大会予選からで、いきなり中東の 強豪イラクを破って一次予選を突破。ウズベキスタンと共に最終予選進出 を決めて、旧ソ連諸国の強さを示した。

日本と同居した最終予選では1勝しか挙げることが出来ず、グループ 最下位に沈んだが、アルマトイでの4戦目は日本にとって忘れられぬもの となった。 秋田のゴールで先制したものの、試合終了間際にズバレフの一撃に より同点とされ、加茂監督の更迭を決定付ける。 その後、ホームでは日本を援護射撃するようにUAEから初勝利を挙げ、 日本との最終戦には1-5の大敗。カザフスタンが日本の運命を大きく 揺り動かしたことは、確かであった。

1997年12月には首都を最大の都市マルマトイからアクモラ(現アスタナ) に移し、1998年にはバンコクのアジア大会にも初めて参加。 アジアでの地位を固めて行く。

しかし、2002年のW杯日韓大会予選では再びイラクと同組みとなり、 得失点差で一次予選敗退を強いられる。 ライバルのイラクとは2戦とも引き分けたが、ネパールとマカオから十分な ゴールを奪えなかったことでの惜敗となった。

カザフスタンは、W杯への道を絶たれた直後にアジアサッカー連盟から 脱退。翌2002年4月には、欧州サッカー連盟へ移ることを認められた。

W杯を目指すのならアジアにいた方が確率が高いようにも思えるが、 それでも欧州を選択したのは、ロシア系の選手が多いために欧州へ回帰 する意識が高いことに加え、クラブレベルでの戦いを意識したもの。

UEFAに加盟していれば、チャンピオンズリーグやUEFAカップなどにも 参加する機会を持てるため、各クラブの財源も潤う。 代表チームの対戦相手も、中東や東南アジアの国より旧ソ連諸国等を 迎えた方が国民が盛り上がり、経済的なメリットが大きいと判断された 上でのことだと言われている。

実際、2003-04年のインタートト・カップではトザル・コスタニがポーランド、 ベルギーのクラブを破り3回戦まで進出。他国との貴重な経験を積むことが 出来た。

旧ソ連時代からカザフスタンを代表して来たクラブといえば、何と言っても ロコモティブ・アルマトイ(現カイラット・アルマトイ)。 1954年に設立され、ソ連リーグにおいて24年間もトップリーグでプレーし、 東欧・ソ連諸国の鉄道クラブが集う国際鉄道杯において2度の戴冠を 果たしている。 1990年代には3度のカップと1度のリーグ・タイトルを手にしており、「力」 を意味するカイラットの名前通りに力強いチームを作ってきた。

ロシアと切り離された国内リーグが始まったのは1992年。カップ戦も同年 にスタートし、初代王座にはカイラット・アルマトイが就いている。

リーグは2部構成で、プレミア・ディビジョンは18チーム。 旧ソ連時代からイルティッシュ・パフタコール(旧アンサット・パフタコール) やエリマイ・セミパラチンスクといった辺りがカザフ共和国内では強豪の 地位を占めており、現在ではゼニス・アスタナやタラズ・ドゥシャンバル、 アティラウなども上位の常連となっている。

エリマイ・セミパラチンスクは、1995年にリーグとカップの2冠を達成。 翌年にはカップ戦で連覇を果たしておきながら、腐敗したサッカー協会に 反旗を翻してトロフィーの受け取りを拒否。優勝を剥奪されてる。

だが、国内リーグが活況を呈している訳でもないカザフスタンのクラブは、 どこも経済的に苦しく、今季は競技場等施設やクラブ財政がUEFAの定める 基準に満たなかったとして、国際大会への出場資格を剥奪された。

ドイツW杯予選に挑んでいる代表チームも、ここまで全敗の最下位。 トルコに大敗を喫している他、元西ドイツ代表のMFブリーゲル監督が 率いるアルバニアにもホームで敗れており、今後もデンマークやギリシア、 ウクライナといった強国を相手に、苦しい戦いを強いられることになる。

セルゲイ・チモフェエフ監督はパナシナイコスでプレーするストライカー、 ディミトリオス・パパドポウロスを代表チームに加えようとしていたが、 カザフスタンで生まれたとはいえ、両親がギリシア人のパパドポウロスは ギリシア代表を選んでしまい、望みは叶わなかった。

現代表チームの主軸は、今年中央アジア諸国のMVPにも選ばれた カイラットのDFスマット・スマコフ。 守備を引き締める主将の脇を固めるのが、現在はロシアのFKモスクワで プレーするMFラスラン・バルティエフやDFアレクサンドル・ファミルツェフと いったW杯フランス大会の予選も経験した重鎮たち。 これにFWからDFまでをこなし、ウクライナ戦でもゴールを決めた若き 才能アンドレイ・カルポビッチといった選手もカイラットに所属しており、 国外でプレーする選手はそれ程多くない。

年間の気候差が激しいため、国内シーズンは4月から11月となっており、 W杯予選も3月まで行われない。 日本と同様にオフ明けの状態で来日することとなり、互いに準備段階 での対戦となろうが、アジアとは異質の身体的特徴を持つ欧州系の選手 と当たることは、身体が目覚めるのに適した相手なのかもしれない。

ゴールへの軌跡を描く練習となれば良いのだが、現実的には試合勘を 取り戻すことを目的とする試合となるのではないだろうか。


著者:らいてぃー 

 
 
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