検証トルシエJAPAN(前編)
解任は秒読みと囁かれるようになったトルシエ政権。 仏W杯以後の準備段階と言われた
この期間を任されたトルシエJAPANは、本当にピリオドを打つべきなのか検証してみたい。
(○=成功、×=失敗)
森 ロサンゼルス五輪×、メキシコ五輪出場× 石 井 ソウル五輪出場× 横 山 イタリアW杯×、バルセロナ五輪出場× オ フ ト アメリカW杯出場× ファルカン アジア大会ベスト4× 西 野 アトランタ五輪出場○ 加 茂 フランスW杯出場× 岡 田 なし トルシエ シドニー五輪出場○、アジア杯出場○ これが最近20年程の日本代表監督に課せられたノルマである。見て分かるようにノルマの突破には、その時の日本の実力と相手との力関係が大きく左右する。
例えば、ノルマの分岐点となった試合を比べてみると、加茂やファルカンの場合は韓国、
オフトはイラク。西野にはサウジがそれぞれ壁となって立ちはだかった。 それに対し、
トルシエの相手はカズフスタンとブルネイ。これを同列に論じてよいものだろうか。「ノルマ」という言葉には、最低限やらなければならないことを指す“義務的”な意味とと、
“目標”としてのノルマを指す場合とがある。 後者の場合、目標という言葉は、実現
不可能な部分も予測済みであるという意味合いが強くなり、達成出来ないこと自体が
第3者にも許容される面が強い。 つまり、「ノルマ」が与えれてきたのか、「目標」が与えられてきたのかでは、その評価も同じではあり得ないである。こうした分類をするならば、オフト以前の監督には目標しか与えられてこなかったとも
言える。 それは、第一にノルマを課せられるようなプロの監督ではないということ。
また、当時の日本を取り巻く環境から言っても、目標自体が現実味を帯びるものでは
なかったことが指摘できる。 しかし、プロリーグ発足後のオフト以降では、岡田監督という
例外を除いて全てノルマが課せられているのである。岡田監督については、予選途中で火中の栗を拾わせてしまったという意識からか、例え
W杯出場権獲得に失敗したとしても攻められることではないという判断があったのは間違いないこと。 W杯出場を果たした時点で、彼の功績は揺るぎ無くなっていたのだ。
当然、W杯でのグループ・リーグ突破は至上命題ではなく、1勝1分1敗という数字も
与えられたノルマではなく、岡田監督の希望的観測以外の何モノでもなかったのだ。ここでもう一度ノルマの設定について考えてみると、それは一般企業におけるノルマと
同じく、その人の能力に見合ったものでなければ意味が無いのである。
つまり、日本の実力に合わせたノルマを常に設定すべきだとすると、トルシエに課せられた
ノルマは余りに低すぎたと言えるだろうし、強く言えばノルマと呼べるようなものでもない。
例えば、J1のチームがJ2と当たるナビスコカップの1回戦をノルマと考えるだろうか。
明らかにクリアすることが当然である差を持つ相手に設定されるものはノルマではないと
言えよう。とすると、トルシエに課された真のノルマは何だったのか? それは、1年半に渡るチーム
作りの中で、2002年にホスト国の最低ノルマであるベスト16に入るチームの土台作り、
そして、そのための方向性を示すことに他ならない。 その事を第一に考えるならば、彼は
解任されて然るべきであろう。何故か。 まず第一に、単純に数字上の結果を出していない。 「勝てない。」「点を取ることができない。」これが単純で一番大きな理由。
これまでトルシエが指揮を執ったフル代表の試合は全部で15。 (うち、Aマッチ14)
ここで、オフト以降の代表監督との15試合終了時での戦績を比べてみたい。(PK戦は
引分けでカウント)
H・オフト 6勝7分2負 ●●○○△△△△○○△△△○○
(勝=中国、イラン等/負=アルゼンチン、ウェールズのみ)ファルカン 3勝4分2負 △●○○△△△○●(9試合で解任)
(勝=ガーナ、ミャンマーのみ/負=フランス、韓国)加茂 周 4勝4分7負 ●●●○△○△△○●●△○●●
(勝=中国、コスタリカ等/負=イングランド、ブラジル等)岡田武史 8勝4分3負 △△○○□○○○○○●△△●●
(勝=韓国、カザフスタン等/負=中国、ユーゴスラビア)トルシエ 4勝6分5負 ○●△△●●△△●△○○○△●
(勝=エジプト、マカオ等/負=ペルー、メキシコ等)この戦績を見て特別悪いとは思わない人もいるかもしれない。 だが、遥かに格下相手
ばかりだったアジア杯予選を除くと、勝ったのは緒戦のエジプト戦のみ。
しかも、その得点はホームで与えられたPKによるものであり、トルシエJAPANが流れの
中から点を奪ったことは皆無なのである。 昨年のキリンカップ〜コパ・アメリカを通して、
セットプレー以外での得点がないという現実をどう捉えるべきだろうか。1年半以上も指揮しているチームに攻撃の方向性を全く与えられていないというのは、
明らかにおかしい。フラット3を教えるのに精一杯で、攻撃のテキストは、開けることが
出来なかったのだろうか。他の監督が指揮した時代と比べても、それほど強豪と対戦している訳でもないトルシエJAPANが点を取れないのは、明らかに戦術的欠陥も内包していることを示している。
内容は良かった?チーム力は向上している?果たしてそうなのだろうか。 点の取れない
チームが何故良い方向に向かっているといえるのだろうか。 サッカーの勝敗は、第3者が
点数を付けて判定されるのではない。 試合後のスコアが、そのまま勝敗となるのだ。
確かにゴールを挙げることは、選手の仕事であって監督の仕事ではないかもしれない。
しかし、ゴールに至るまでの指針を全く示すことなく、中田を始めとした個人的能力にばかり頼ろうとした面は否めない。ただ、あえてトルシエを擁護する材料を探すとすれば、オフト〜加茂の時代には、カズという絶対的なフィニッシャーがいたことを忘れてはならない。 カズの時代には、決定力不足
という言葉を聞くことはまれであり、「カズが何とかしてくれる。」という空気がファンや
マスコミを含めた全てのサッカー界を覆っていたのだ。
日本代表は、カズの黄金期が終りを迎えるのと時を同じくして得点力不足を叫ぶように
なっている。 それは、城と心中した岡田監督を見れば火を見るより明らか。 それを
考えると、確実なフィニッシャーを持たないのはトルシエではなく、日本サッカー界全体
なのである。だからこそ、監督にはチームとしてどのように点を取るべきかきっちりとしたコンセプトを
作り上げることが必要だったのだ。ワールド・ユース、シドニー五輪予選、アジア杯予選と全て結果を出してきたという人も
いるだろう。 しかし、トルシエはフル代表の監督として呼んだのであり、ユースレベルの
育成のために招聘されたのではない。 ワールド・ユースの時も、予防接種等の問題から
むくれてしまい、山本コーチに記者会見まで任せておきながら、勝ち進むと急にしゃしゃり
出て来たあの態度は忘れるべきではないだろう。
それにイングランドのように、明らかに2線どころか3線級の選手を出してきたところに
勝ったことを正当に評価すべきなのだろうか。 まして、オ−ウェン、コール、ウッドゲイトらのタレントが顔を揃えても勝てると断言するのであれば、買い被りとしか言う他ない。ユースレベルの大会を勝つことが、直接フル代表が強くなることにつながらないのは、
日本より何年も前にワールド・ユースでベスト4に入っている韓国を見れば明らかである。若年層の大会で勝つことを重視しない国は、イタリア、ドイツなど欧州には数多いことも
忘れてはならない。また、オフトが切られた時、彼は育成型の監督であったという言われ方がされたのは、
記憶に新しい。 試合に勝つための戦略に長けた監督と選手の育成に力を発揮する監督
では、どちらが代表監督に向いているのかは言うまでもない。 戦略型の監督として有名なのが、密室の会議で監督の座に座ることのなかったネルシーニョ(元V川崎)監督だろう。
その意味でトルシエは、戦略型の監督と言えるのだろうか。
(FOOTBALL時代の読み物 vol.21 2000/05/07掲載)