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Camara,Henri アンリル・カマラ
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ポジション:FW
生年月日:1977年5月10日
所属クラブ:ストラスブール〜ザマックス〜グラスホッパー〜セダン〜ウルブス〜セルティック(レンタル)〜サウサンプトン(レンタル)〜ウィガン〜ウェストハム(レンタル)〜ウィガン
代表歴:セネガル代表46回10得点 2002年W杯日韓大会出場
サイズ:176センチ
2007年夏の移籍期限最終日に駆け込みで借り受けることとなったセネガル代表のストライカー。ライカールト監督にも移籍をすすめられていたバルセロナのFWグジョンセンが最後までウェストハムへ行くことを拒んだために保険として交渉していたものとされる。
2002年のW杯日韓大会では決勝トーナメント1回戦のスウェーデン戦で2得点を挙げてベスト8進出の
立役者となっている。
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Cantwell,Noel ノエル・カンウエル
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ポジション:DF
生年月日:1932年2月28日生まれ
所属クラブ:ウエスタン・ローバース〜コーク・アスレチック〜ウエストハム〜マンチェスター・U
在籍:1952-60年、263試合出場11得点
監督歴:コベントリー〜ピーターバラ
当時としては異色の攻撃的な左サイドバック。右のジョン・ボンドと共に1957-58年シーズンの2部優勝〜1部昇格に貢献した。FWジョニー・ディックやヴィク・ケーブルへのクロスボールは当時のチームの大きな武器となっていた。
アカデミー創設当初のメンバーで、若いうちはFWとして育てられた。練習後にはバーキング・ロードのカフェで、サッカーについて大いに議論を戦わせていた。アイルランド代表。1962年にマンチェスター・Uへ移っている。クリケット選手としても優秀であり、アイルランド代表となった他、カトリック系のカレッジを卒業しているインテリでもあった。2005年9月8日没。直後に黙祷を捧げて行われたアストン・ビラ戦では、4-0で大勝した。
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Carole,Sebastien セバスチャン・キャロル
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ポジション:MF
生年月日:1982年9月8日
所属クラブ:モナコ〜ウエストハム(レンタル)〜シャトールー(レンタル)〜ブライトン〜リーズ
在籍:2004年2月-5月、1試合出場0得点
2004年に仏ASモナコより借り受けた小柄なミッドフィルダー。右サイドを得意とし、ウインガーのようなスタイルを持つとの評判で加入したが、4ヶ月の在籍期間に出場したのは僅か1試合。母国のシャトールーへと再度レンタルされた後、ブライトンでレギュラーポジションを獲得。2006年よりリーズでプレーしている。170cm
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Carr,Franz フランツ・カー
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ポジション:FW
生年月日:1966年9月24日
所属クラブ:ブラックバーン〜ノッティンガム〜シェフィールド・W〜ウエストハム〜ニューカッスル
〜シェフィールド・U〜レスター〜アストン・ビラ〜レッジアーナ〜ボルトン・W〜ウエストブロム
1991年3月にノッティンガムから短期レンタルでやって来たFW。すぐチームに馴染むことは難しく、3試合に出場しただけで帰って行った。ノッティンガム時代がキャリアのピークで、その後は多くのクラブを細かく渡り歩いた。
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Carr,Tony トニー・カー
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アプレンティスとしてウエストハムに加入。3年後にプロ契約を果たしたが、2年間をリザーブチームで過ごしただけでバーネットへ放出される。左足の骨折が原因で現役生活を諦め、指導者の道に入る。
1973年にジョン・ライオル監督の下でユースチームのコーチとなり90年代半ばにはユースの監督も務めた。FAユース・カップでは2度の決勝進出を果たすなど、若年層の育成に大きな功績を残し、ユース部門の責任者となっている。
1950年9月5日生まれ
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Carrick,Graem グレム・カリック
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2004年にスパーズへ移籍したマイケルの実弟。兄と同じくMFであるが、センターよりサイドを得意とする。ファースト・チームでのデビューが待たれていたが、夢を果たせなかった。
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Carrick, Michael マイケル・カリック
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ポジション:MF
生年月日:1981年7月28日
所属クラブ:ウエストハム(スウィンドン・タウン、バーミンガム・Cへのレンタル時期あり)〜トッテナム〜マンチェスター・U
在籍:1997年7月-2004年、136試合出場6得点(リーグ戦のみ)
代表歴:イングランド代表12キャップ
アカデミー出身でイングランドが期待する大型MF。フェアなボール奪取とスナップをきかせた小さな振りから繰り出すロングパスは絶品。大柄な体躯をいかし、中盤の底でストッパー役ともなれる。1999-2000年シーズンのクラブ新人王。1999年のFAユース杯優勝の立役者となった。降格後もチームに残ってプレミア復帰を目指したが、1年で戻れなかったためにスパーズへの移籍を決意した。2003-04年シーズンのクラブ最優秀選手。2006年夏にはリオをもしのぐ1,860万ポンドの移籍金でマンUへ移籍した
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Carroll,Roy ロイ・キャロル
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ポジション:GK
生年月日:1977年9月30日
所属クラブ:ハル・シティ〜ウィガン〜マンチェスター・U〜ウエストハム〜レンジャース〜ダービー
在籍:2005-2007年、31試合出場
代表歴:北アイルランド代表18キャップ
2005年夏にプレミア昇格決定後第一号の新加入選手としてアップトンパークに来た北アイルランド代表GK。先にマンチェスター・Uから放出されていたため、移籍金はかからなかった。
ハル・シティのトレイニーからプロ入りし、1997年にウィガンへ移籍。JJBスタジアムでは170試合に出場して近年の躍進を支える原動力となった。2001年に同市内ともいえるマンチェスター・Uに£250万で移り、72試合のキャリアを積んだ。2006年にはアルコール中毒が発覚し、療養を命じられた。188センチ80キロ。
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Chadwick, Luke ルーク・チャドウィック
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ポジション:MF
生年月日:1980年11月18日生まれ
所属クラブ:マンチェスター・U〜レディング〜バーンリー〜アントワープ〜ウエストハム〜ストーク・C〜ノーリッジ−MKドンズ(レンタル)
在籍:2004-2005年、32試合出場1得点
2004年夏にマンチェスター・Uからフリー・トランスファーで獲得した元イングランドU21代表の右ウイング。幼少時代はアーセナル、ワトフォードでもプレーしたロンドン育ち。1999年、18歳でマンUのトップチームと契約。しかし、マンUの層の厚さから、国内外の3クラブをたらい回しにされていた。レディングへレンタルされていた際にパードゥ監督が目をかけていたことから、移籍が実現。2002-03年は丸々バーンリーでプレーし、翌季にベッカムの移籍により呼び戻されていたが、クリスチアーノ・ロナウドの存在もあり、定位置確保はならなかった。イングランドU21代表では、12試合に出場している。180センチ67キロ。
<経歴>
バーンリー 40試合出場6ゴール レディング 17試合出場1ゴール
アントワープ 2試合出場2ゴール マンチェスター・U 39試合出場2ゴール
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Chapman,Lee リー・チャップマン
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ポジション:FW
生年月日:1959年5月31日
在籍:1993年9月〜1995年1月、51試合出場11得点
所属クラブ:ストーク・C〜プリマス・A(loan),〜アーセナル〜サンダーランド〜シェフィールド・W
〜ノッティンガム・F〜リーズ・U〜ポーツマス〜ウエストハム〜サウスエンド(loan)〜イプスウィッチ
〜リーズ(loan)〜スウォンジー
非常に数多くのクラブを渡り歩いた元イングランドB代表、U21代表のアタッカー。空中戦に強く、パワフルなプレーで多くのディフェンダーを苦しめてきた。ウエストハムに加入したのは、晩年に近い1993年9月で、ポーツマスから25万ポンドを費やしてのものだった。
ボックス内では強さを発揮したものの、年齢的な理由から動きに早さが足りず、1995年1月にイプスウィッチへ7万ポンドで放出された。
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Charles,Clive クライブ・チャールズ
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ポジション:DF
生年月日:1950年
所属クラブ:ウエストハム〜カーディフ・シティ
1970年代初頭にフルバックとしてデビュー。ファーストチームでは15試合出場に出場したが、フランク・ランパードやジョン・マクドウェルの存在もあってレギュラーをつかむには至らず。
1974年にカーディフ・シティへ移籍。そこでは黒人選手として初めてフットボール・リーグのクラブで主将を務めるという栄誉を担った。引退後は渡米、ポートランド大学で男女のチームをみていた後、2001年にはアメリカ五輪代表チームの監督も務めていた。2003年に自宅のあったアメリカ、オレゴン州のポートランドで癌のため51歳で他界。妻クラリーナと2人の子供がいた。また、同じくウエストハムでプレーした弟ジョンも2002年に亡くなっている。
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Charles,Gary ガリー・チャールズ
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ポジション:DF
生年月日:1970年4月13日生まれ
所属クラブ:ノッティンガム・フォレスト〜レスター・シティ〜ダービー・カウンティ
〜アストン・ビラ〜ベンフィカ〜ウエストハム〜バーミンガム・シティ
代表歴:イングランド代表2キャップ
99年にベンフィカから£120万で獲得した右サイドバック。ノッティンガムFのトレイニー育ちで、ダービーやアストンヴィラなどでも活躍し、ノッティンガム時代の91年にはイングランド代表2キャップを獲得している。ロンドンの生まれで、小さい頃からウエストハムファンだったため、少年時代にはマスコット・ボーイを務めたこともある。
2度に渡るヘルニアの手術を経験するなど、多くの怪我や病気に泣かされ、なかなかフルシーズン働くことができなかった。ビラでは145万ポンド、ベンフィカでも100万ポンドの値が付いた。
バーミンガムへ期限付き移籍をした後、戻ってきたが怪我のために引退を余儀なくされた。
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Cisse,Edouard エドアルド・シセ
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ポジション:MF
生年月日:1978年3月30日生まれ
所属クラブ:パリSG〜レンヌ(レンタル)〜ウエストハム(レンタル)〜ASモナコ〜パリSG〜ベジクタシュ〜マルセイユ
在籍:2002-2003年、28試合出場
2002年にフランスきっての名門PSGからレンタルで加入したフランスU21代表の経験を持つMF。先発で21試合、途中出場で7試合と比較的チャンスは与えられたが、イングランドのリズムに溶け込んだとは言い難い。
パスさばきに気を取られる余り、DFが疎かになる傾向が目立ち、起用にも疑問の声は多かった。1年限りの期限付き移籍だったため、契約の延長はなかった。フランスに帰った後は、モナコで欧州CL準優勝を果たしている。
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Clarke,Clive クライブ・クラーク
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ポジション:DF
生年月日:1980年1月14日、ダブリン生まれ
所属クラブ:ストーク・C〜ウエストハム〜サンダーランド〜コベントリー(レンタル)〜レスター(レンタル)
在籍:2005-2006年、3試合出場0得点
代表歴:アイルランド代表1キャップ
2005年の夏にストーク・Cより獲得したアイルランド人のディフェンダー。1996年にストークでトレイニーとしてキャリアを始め、1999年5月のオールダム戦でトップデビュー。ストークでは259試合で10得点を挙げている。もともとは左サイドバックであるが、中盤やセンターバックもこなす柔軟性を持つ。2004年6月にはジャマイカ戦でアイルランドA代表にも選出されている。2007年8月にレンタル先のレスターでハーフタイムに意識を失い、病院に搬送。心臓疾患が見つかったため、医師の助言に従い2008年2月に現役引退を発表した。185cm アイルランドU21代表7caps
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Clarke,Steve ブ・クラーク
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ポジション:DF
生年月日:19年月日、生まれ
所属クラブ:Stミレン〜チェルシー
指導歴:ニューカッスル・コーチ〜チェルシー助監督〜ウェストハム助監督
在籍:2008-200?年
代表歴:スコットランド代表10キャップ
2チェルシーより120万ポンドの違約金を費やしてまで引き抜いたコーチ。
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Cohen,Chris クリス・コーエン
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ポジション:DF
生年月日:1980年1月14日ノーリッジ生まれ
所属クラブ:ウエストハム〜イョービル・タウン(レンタル)〜ノッティンガム
2003年7月にファースト・チームへ引き上げられたセンターバック。U17代表経験もあり、2004年からピッチに立つようになったが、本職ではない左サイドバックで起用されることが多かった。カリック弟らと共にユースチームで来日した経験もあり。
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Coker,Ade アデ・コーカー
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ポジション:FW
生年月日:1954年月日ナイジェリア・ラゴス生まれ
所属クラブ:ウエストハム〜ボストン・ミニッツマン〜ミネソタ・キックス
〜サン・ディエゴ〜ボルチモア・ブラスト〜サンディエゴ・ソッカーズ〜セントルイス・スティーマーズ
在籍:1971-1974年、9試合3得点
代表歴:アメリカ代表5試合3得点
当時では珍しいナイジェリア人ストライカー。ナイジェリアで生まれ、少年時代にロンドンへ移住。1971年、17歳のときにクラブと契約し、同年10月にハーストの怪我によって出場機会をつかむと、その試合でゴールを挙げる鮮烈なデビューを飾った。しかしながら、以後はロブソンやベストら陰に隠れて3シーズンで僅か9試合の出場に留まり、1974年のオフに北米サッカーリーグへと新天地を求めた。米国ではオールスターゲームに出場するなど多くのチームを渡り歩きながら活躍し、米国籍も取得。1984年9月にはアメリカ代表の一員となっている。
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Cole,Carlton カールトン・コール
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ポジション:FW
生年月日:1983年11月12日生まれ
所属クラブ:チェルシー〜ウルブス〜チャールトン〜アストンビラ〜チェルシー〜ウエストハム
在籍年:2006年-2010年、試合出場得点
代表歴:イングランドU21代表、A代表
2006年夏に獲得した190センチ88キロの大型FW。移籍金は非公開(£3.0〜3.5mの間とされる)であり、当初の契約期間は4年。
チェルシーのトレイニー出身でウルブス、チャールトン、アストン・ビラでのレンタル生活を経験している。若いうちはナイジェリアとの二重国籍を保持していた。2005-06年シーズンの出場数は僅かに11と、チェルシーでは十分な出場機会を得られなかったことから、自ら移籍を志願していた。
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Cole,Joe ジョー・コール
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ポジション:MF
生年月日:1981年11月28日
所属クラブ:ウエストハム〜チェルシー
在籍年:1998-2003年、149試合出場13得点
代表歴:イングランド代表37試合6得点(2002&2006年W杯出場)
ウエストハム・アカデミーが生んだ最高傑作ともいうべきテクニシャン。1998年7月にアプレンティスとして契約。翌99年に17歳でトップデビューを果たすと、その年はクラブ史上3度目となるFAユース杯制覇に貢献。回転するようなフェイントを織り交ぜたドリブルは、正に変幻自在。
ノールックで鋭いパスを供給する目も持ち合わせ、21世紀のガッザと言われることも多い。ユース、U21代表ではエース格として活躍し、20歳でフル代表入りを果たす。その潜在能力はイングランドのスタイルに革命を起こせるとも評されており、国民から大きな期待をかけられている。
イングランド代表として2002年の日韓W杯にも出場。2003年オフにディビジョン1でのプレーを拒否し、チャンピオンシップ開幕2日前に£660万という破格の安値でチェルシーへ移籍した。
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Coleman,Kieth キース・コールマン
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ポジション:DF
生年月日:1951年5月24日
所属クラブ:サンダーランド〜ウエストハム〜メヘェレン(ベルギー)〜ダーリントン
在籍:1973年9月-1977年、101試合出場
1973年に2部のサンダーランドから獲得したディフェンダー。加入後すぐに最終ラインの一角に収まり、3シーズンはレギュラーとしてプレー。のちにベルギーへ渡ってから帰国した。
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Collins,James ジェイムス・コリンズ
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ポジション:DF
生年月日:1983年8月23日
所属クラブ:カーディフ〜ウエストハム〜アストン・ビラ
在籍:2005年-2009年、54試合出場2得点
代表歴:ウェールズ代表13キャップ
赤毛で目立つニューポート出身のウェールズ代表DF。2000年8月にカーディフのトレイニーから昇格してプロとなる。2005年7月にダニー・ガビッドンとともにカーディフより加入した。もともとはFWだったこともあり、攻撃力も兼ね備える。ニックネームは赤毛を意味する"Ginge"。188cm
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Collison,Jack ジャック・コリソン
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ポジション:MF
生年月日:1988年10月2日
所属クラブ:ケンブリッジ〜ウエストハム
在籍:2007年-201?年、25試合出場3得点
代表歴:ウェールズ代表6試合
2005年にユースチームの監督トニー・カーがケンブリッジより連れて来たミッドフィルダー。
ハードワークが出来、スピードある突破やゴール前への飛び出しを得意とする。両サイドハーフをこなす他、ウェールズ代表ではトップ下も任される。2007年のプレーシーズン・ツアーで大きな成長を見せたことから、ファーストチームに抜擢。一つ年上のノーブルと構成する中盤は将来性豊かで、期待値も大きい。183センチと体格に恵まれながらも、豊富な運動量と柔らかな技術を兼ね備える。ウェールズU21代表。
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Connolly,David デイビッド・コノリー
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ポジション:FW
生年月日:1977年6月6日生まれ
所属クラブ:ワトフォード〜フェイエノールト〜ウルブス〜エクセルシオール〜フェイエノールト
〜ウインブルドン〜ウエストハム〜レスター〜ウィガン〜サンダーランド〜QPR
在籍:2003-04年シーズン、45試合出場14得点
代表歴:アイルランド代表41キャップ9ゴール
海外でのキャリアも長いアイルランド代表のFW。16歳のときにワトフォードでキャリアをスタート。97年にはフェイエノールトに移籍し、シーズン途中からはウルブスへ。99年には再びオランダに渡り、エクセルシオールでは48試合で42ゴールというハイアベレージを記録して、再びフェイエノールトに呼び戻される。
2001-02年シーズンからはウインブルドンに在籍し、ユーエルを失ったドンズのエース・ストライカーとして活躍した。スピード豊かな突破が魅力で、常にゴールを意識したプレーができる。
2002年の日韓W杯にもアイルランド代表の一員として参加した。2003-04年シーズンのみの在籍でレスターへと移籍。レギュラーとして活躍していただけに、惜しむ声も多かった。172センチ67キロ。
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Cottee,Tony トニー・コッティー
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ポジション:FW
生年月日:1965年7月11日生まれ
代表歴:イングランド代表7キャップ
所属クラブ:ウエストハム〜エバートン〜ウエエストハム〜セランゴール〜レスター〜バーミンガム
〜ノーリッジ〜バーネット〜ミルウォール
在籍:1983-88年 &
1994-96年在籍、335試合出場145得点
小柄ですんぐりとしたストライカー、アンソニー・コッティー。17歳でトップチームにデビュー。鋭い動きでボックス内での仕事をこなし、ゴールを量産した。
88年にエバートンへ移籍した際には国内最高額の移籍金が動き、94年に入ってからチームに復帰。
96年からはマレーシアのセランゴールでプレーした経験もある。レスターではリーグカップ制覇も経験。引退前の1シーズンでディビジョン1〜4のクラブ全てを渡り歩くという変わった記録も持つ。元イングランド代表。
現在は、広い見識を買われてチームのオフィシャル誌「ハマーズ・ニュース」でコラムを持ち、各地で講演会活動も行なう多忙ぶり。
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Cowie,George ジョージ・コウィー
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ポジション:MF
生年月日:1961年5月9日生まれ
在籍:1978-83年、8試合出場0得点
所属クラブ:ウエストハム
アカデミー育ちのMF。1982年4月のイプスウィッチ戦で20歳にしてデビュー。将来を嘱望される一人であったが、ブルッキングやデボンシャーとしったタレントの牙城を崩すには至らず。若くしてスパイクを脱いだ。
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Cross,David デイビッド・クロス
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ポジション:FW
生年月日:1950年12月8日生まれ
在籍:1977-82年、223試合出場97得点
所属クラブ:ロッチデイル〜ノーリッジ・シティ〜コベントリー・シティ〜WBA〜ウエストハム
長身で細身のターゲットマン。ウエストハムが1部2部を行き来したときにどちらのディビジョンでもゴールを挙げた。力強い空中戦を得意とし、怖れを知らないプレーぶりはサイコ(精神異常者)と呼ばれるほどだった。81年に1部復帰を果たした際には、ポール・ゴッダードと綿密な関係を築いてチームの勝利に尽力した。ゴッダード加入前の80年のFA杯決勝では、孤立無援なストライカーといった感も強かったが、栄冠の奪取に貢献している。
トッテナム戦で4ゴールをマークして勝利をもたらした試合もファンの記憶に強く残っている。
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Curbishley,Alan アラン・カービシュリー
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ポジション:MF
生年月日:1957年11月8日
所属クラブ:ウエストハム〜バーミンガム〜アストンビラ〜チャールトン〜ブライトン〜チャールトン
在籍:1975年-1979年、85試合出場5ゴール
指導歴:チャールトン・コーチ〜チャールトン監督〜ウェストハム監督
1973年にウエストハムでアプレンティスとなり、2年後にプロ契約。MFとして85試合に出場し(リーグ戦のみ)、5ゴールを記録した後、1979年に£22万5,000でバーミンガムへ移籍。それから同市のアストンビラでもプレーした。1984年にレニー・ローレンス監督が£3万8,000でチャールトンに呼び寄せ、3年後にブライトンへ放出。ブライトンで3年プレーした後で1991年に選手兼コーチとしてザ・ヴァリーに戻り、スティーブ・グリットと共同監督となった。1995年からは一人でチャールトンを指揮して2度のプレミア昇格に導き、プレミアではサー・アレックスに次ぐ長期政権を維持していたが、2006年夏にイングランド代表監督候補となったこともあって退任。2006年12月にパーデュー監督の解任を受けて第11代監督に就任した。2006-07年シーズンはテベスの活躍により奇跡的な残留劇を演じて見せたが、2008年夏にアントン・ファーディナンドとジョージ・マッカートニーを自らの同意なしに移籍させたクラブに反旗を翻して辞任した
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