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Earl,Alfred アルフレッド・アール
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ポジション:MF/FW
生年月日:1903年
所属クラブ:サマーズタウン〜ウエストハム〜ストレータム・タウン
在籍:1925-33年、206試合出場
“Who ate the all
pies?”のチャントも元となって親しまれたウイング。試合前に4つのパンを食べて腹痛を起こし、試合中に倒れたことから、食べ過ぎで太った選手を揶揄したり、動きの悪い選手に向けてこのチャントが使われるようになった。とはいえ、アール本人は1920年代に活躍、206試合に出場した。後にフランスへ渡り、ソショーでもプレーした。1951年逝去。
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Earle,Stan スタン・アール
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ポジション:FW
生年月日:1897年生まれ、1971年没
所属クラブ:クラプトン〜ウエストハム〜アーセナル
在籍:1924-1932年
1920年代のストライカー。1924年にクラプトンから加入した最初はアマチュアの資格を捨てるのをいやがっていたが、ウエストハムの選手となってからは攻撃陣のリーダー的存在となって多くの得点に絡んだ。特に当時のエース、ワトソンへのクリエイティブなパスは絶品で、1927年にアイルランド戦でイングランド代表キャップも獲得し、クラブでは通算300試合近くに出場した。リーグ戦だけでも258試合に出場、56得点を挙げている。1971年に長い闘病生活の後74歳で他界した。
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Eastman,George ジョージ・イーストマン
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レイトン出身のディフェンダー。在籍は1924-26年で、出場した2試合が共にエバートン戦であった。ウェストハムを去った後は、チャッタムでプレーした。1903年生、1991年没。
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Ekstein,Dieter ディーター・エクスタイン
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フランク・マカベニーと似た風貌をしたドイツ人FW。1995年にテストを受けて加入したが、すぐに爪先に大怪我を負い、そのまま出番を得ることがないままクラブを去った。
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Ephraim,Hogan ホーガン・エフレイム
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ポジション:MF/FW
生年月日:1988年3月31日
所属クラブ:ウエストハム〜コルチェスター・U(レンタル)〜ウエストハム〜QPR(レンタル〜完全移籍)〜リーズ
在籍:2004年1月-2008年1月
イングランドU17代表に選出されていたアカデミー所属のストライカー。2003年はU16代表で5キャップを数え、U17代表でも9試合で6ゴールと代表チームのトップ・スコアラーでもあった。嗅覚に優れ、足でも頭でも点の取れる本格派タイプとして将来を嘱望されていた。2005年3月のプレストン戦でベンチ入りし、リーグ杯ではジョー以来となる17歳でのトップデビューもはたしたが、結局ウェストハムでのプレミアデビューは叶わず。コルチェスターとQPRへ2季続けてレンタルに出され、そのままQPRが買い取ってしまった。175センチ。
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Etherington,Matthew マシュー・エザリントン
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ポジション:MF/FW
生年月日:1981年8月14日
所属クラブ:ピーターバラ〜トッテナム・ホットスパー〜ウエストハム〜ストーク・シティ
在籍:2003年-2008年1月、130試合出場11得点
代表歴:イングランドU20代表、1999年ワールドユース出場
若干15歳にしてピーターバラでプロデビュー。早くから注目を集め、トッテナムでブレイクしたイングランドU21代表の左ウイング。
スピード豊かで柔らかいタッチのドリブルからチャンスメイクを行う。プレミアシップから降格した2003年オフに、フレディ・カヌーテとの交換要員としてアップトン・パークへやって来た。
開幕から左MFのレギュラーポジションを確得し、2003-04シーズンにはクラブ年間最優秀選手に輝く活躍を見せ、一躍クラブ随一の人気選手となった。
2005年の昇格に尽力し、その後もレギュラーポジションを確保していたが、フラムよりボア・モルチが加入したことで激しい生存競争にさらされた。
2009年1月に金融危機の煽りを受けて財政難に陥ったクラブの放出第1号としてストーク・シティへ移籍した。177センチ66キロ。
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Eustace, Peter ピーター・ユーステイス
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ポジション:MF
生年月日:1944年7月31日生まれ
所属クラブ:シェフィールド・W〜ウエストハム〜ロザラム(レンタル)〜シェフィールド・W
在籍:1970年1月-1972年8月、43試合出場6得点
1970年にマーティン・ピータースの抜けた穴を埋めることを期待されてシェフィールド・Wからやって来たサイドハーフ。当時の移籍金9万ポンドはクラブ史上最高額であった。だが、2年間で44試合に出場しただけでヒルズボロへと戻ってしまう。後にウェンズデーやレイトン・オリエントの監督も歴任。今はダービーのスカウトとなっており、ホテルも経営する。
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