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Gabbidon,Danny ダニー・ガビドン
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ポジション:DF
生年月日:1979年8月8日
所属クラブ:ウエストブロム〜カーディフ〜ウエストハム
在籍:2005年6月-2010年、試合出場得点
代表歴:ウェールズ代表24キャップ
2005年夏にジェイムス・コリンズとのセットでカーディフ・シティから獲得したセンターバック。ウエスト・ブロムウィッチのトレイニー育ちで、2000年9月に£17万5,000でWBAからカーディフへ移る。カーディフでは、200試合以上に出場。ウェールズ代表にも選ばれ、既に17キャップを獲得していた。2005-06年シーズン、史上3人目となる加入初年度でのハマー・オブ・ジ・イヤーに輝いている。
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Garcia,Richard リチャード・ガルシア
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ポジション:MF/FW
生年月日:1981年9月4日
所属クラブ:ウエストハム〜レイトン・オリエント〜コルチェスター・U
在籍:1998年9月-2004年9月、20試合出場0得点
代表歴:オーストラリアU20,A代表
ウエストハムがオーストラリア遠征をしたときに関係者の目に留まり、97年に練習生契約を結んだMF。元々はセントラルMFや右ハーフの選手であったが、上背の高さや空中戦の強さもあって、FWで使われることも多い。98-99年のFAユースカップでは全ラウンドでゴールを挙げて一躍注目を集めた。頑強なタイプで、果敢にゴール前に飛び込んで貪欲にゴールの機会を狙うスタイルが持ち味。レイトン・オリエントへのレンタルも経験している。180センチ72キロ。
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Gale,Tony トニー・ゲイル
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ポジション:DF
生年月日:1959年11月19日
在籍:1984-1994年、通算368試合出場、7ゴール
所属クラブ:フラム〜ウエストハム〜ウィルドストーン〜ブラックバーン〜クリスタル・パレス
代表歴:イングランドU21代表
本名はアンソニー・ゲイル。ウエストミンスターで生まれ、フラムのアプレンティスとしてキャリアをスタート。クレイブン・コテイジでは1stチームに上がれぬまま、1984年1月に移籍金£20万でアップトンパークへとやって来た。
ウエストハムでは10年に渡ってアルヴィン・マーティンのパートナーを務めたセンターバック。
それほど空中戦を得意とした訳ではないが、スイーパー的な動きで中央の守りを固めた。1985-86年シーズンに3位となったときには、特に顕著な働きを見せ、チームの躍進を支えた。91年のFA杯準決勝ノッティンガム戦でガリー・クロスビーにプロフェッショナル・ファウルを犯して退場となったシーンが有名で、今も語り種となっているのは残念なところ。ジョーク好きで陽気な性格で、控え室ではいつも騒がしかった。
1994年にウエストハムでのテスティモニアル・マッチ(記念試合)を終えてから、ウィルドストーンを経てダルグリッシュ監督に請われブラックバーンへ移籍。翌年ブラックバーンのリーグ制覇に貢献した。その後、1996年5月にクリスタルパレスで引退した。現在はウエストハムのスタッフとなっている。
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Grassam,Billy ビリー・グラッサム
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スコットランド生まれのFW。ウエストハムで最初にハットトリックを記録した選手としてその名を残している。
自身のデビュー戦となった1900年9月の南部リーグ、グレイブセンド戦でいきなり4ゴールを挙げる離れ業をやってのけた。また、同年12月のFA杯でもクラプトンを相手にFA杯では初となるハットトリックを記録している。
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Gregory,Ernie アーニー・グレゴリー
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ポジション:GK
在籍:1946-60年、406試合出場
第二次大戦後のゴールマウスに君臨した伝説的GK。1936年にグラウンド・スタッフとしてクラブに入ると、14年に渡ってトップチームでプレー。クラブの1部昇格へ向けて尽力した。現役引退後はリザーブチーム、トップチームでコーチを務め、1987年まで半世紀もの間クラブに尽くしてきた。
現在もホームゲームには欠かさず足を運ぶクラブの生き字引。
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Goddard,Paul ポール・ゴッダード
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ポジション:FW
生年月日:1959年10月12日
在籍:1980-86年、113試合出場71得点
所属クラブ:QPR〜ウエストハム〜ニューカッスル〜ダービー〜ミルウォール〜イプスウィッチ
代表歴:イングランド代表1キャップ
1980年に当時のクラブ記録となる80万ポンドでQPRから加入したアタッカー。81年のリーグカップ決勝での再戦ではリバプールからゴールを奪っており、ウエストハムにとってカップ・ファイナルにおける最後のスコアラーとなっている。85-86年シーズンの開幕戦、前半30分で肩を負傷し、以後はマカベニー、コッティーのペアに道を譲ることになってしまい、2度とアップトンパークに立つことはなかった。86年11月にニューカッスルへ移り、ウエストハム戦で初登場した。ダービー、ミルウォール、イプスウィッチでキャリアを続け、イプスウィッチのユースコーチに就任した。イングランド代表としてアイスランド戦1試合に出場。途中からの出場でゴールを挙げているが、その後キャップ数を増やすことはなかった。
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Gordon,Dale デイル・ゴードン
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ポジション:FW
生年月日:1967年1月9日
所属クラブ:ノーリッジ〜レンジャース〜ウエストハム〜ピーターボロ〜ミルウォール〜ボーンマス〜キングス・リン
在籍:1993-96年、11試合出場
ノーリッジのアプレンティスとしてキャリアを始め、24歳の時に£1.2mでスコットランドの巨人グラスゴー・レンジャースに移籍。1993年7月にケビン・キーンの代役としてノーリッジから75万ポンドで獲得したスコットランド人ウインガー。ピッチ上で見かけるよりもダンスフロアーでの目撃談の方が多いと言われた選手。「ディスコ」のミドルネームは遊び人に対する蔑称。怪我もあってウエストハムのユニフォームを着ては、わずか11試合にしか出場していないが、クラブにとってのプレミアリーグ初ゴールをコベントリー戦で決めたのはこの男。
ほとんど出場機会を与えられないままにピーターボロ、ミルウォールに貸し出された後、1996年5月にレドナップ監督のはからいでボーンマスへ移って行った。1998年7月からはノン・リーグのキングス・リンでプレーし、37歳となっても現役生活を続けた。
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Gould,Bobby ボビー・ゴウルド
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ポジション:FW
生年月日:1946年6月12日コベントリー出身
所属クラブ:コベントリー〜アーセナル〜ウエストハム〜ウルブス〜WBA〜ブリストル・シティ〜ブリストル・ローバース〜ヒアフォード〜チェルシー〜オルダーショット
在籍:1974-1976年、51試合出場16得点
指導クラブ:ブリストル・R〜コベントリー〜ブリストル・R〜ウィンブルドン〜WBA〜コベントリー〜カーディフ〜チェルトナム〜ピーターバラ
70年代のカリスマ的FW。1974年にアーセナルより加入。コベントリー、アーセナル、ウルブス、WBA、ブリストル・シティ&ローバース、ヒアフォード、チェルシーと英国中を渡り歩いてプレーした。
監督としても成功しており、コベントリーやウインブルドンを指揮。ドンズの監督だった1988年には、FA杯でリバプールを破って初優勝を果たし、歴史的なアップセットを演じて見せた名将。近年ではウルブスも率いている。
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Goulden,Len レン・ゴールデン
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ポジション:FW
生年月日:1912年7月16日生まれ、1995年2月没
所属クラブ:チェルムスフィールド〜レイトン〜ウェストハム〜チェルシー
在籍:1933年-1939年、250試合出場55得点
代表歴:イングランド代表14キャップ
1930年代にジョー・コックロフトとの名コンビを見せたインサイド・フォワードとして活躍。当時最も怖れられたアタッカーの一人で、イングランド代表として14キャップを獲得しているが、第二次大戦がなければ、更に上積みされていたことは間違いない。ウエストハムでは250試合以上に出場。フルネームはレオナルド・アーサー・ゴールデン。1940年の戦時杯優勝時のメンバーであるが、第二次大戦後は4,500ポンドでチェルシーに移籍。トミー・ロートンらと息のあったプレーを披露した。引退後は2度に渡ってワトフォードの監督を務めた。
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Grant,Peter ピーター・グラント
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ポジション:MF
生年月日:1965年8月10日
所属クラブ:セルティック〜ノーリッジ〜レディング〜ボーンマス
代表歴:スコットランド代表2キャップ
ローダー時代から選手とのパイプ役となっていた助監督。2006年10月に古巣ノーリッジから監督就任のオファーが来たためクラブを離れた。
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Greaves,Jimmy ジミー・グリーブス
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ポジション:FW
生年月日:1940年2月20日イーストハム出身
在籍:1970-71年38試合出場13得点
所属クラブ:チェルシー〜ACミラン〜トッテナム〜ウエストハム
代表歴:イングランド代表57キャップ44ゴール
かつてのイングランドを代表したストライカー。チェルシーでキャリアをスタート。
ACミラン、トッテナムで全盛期を過ごし、1970年にピータースとの交換のような形でアップトンパークへ。デビュー戦なったマンチェスター・C戦でいきなり2ゴールを挙げて、その実力を示した。しかし、ウエストハムでの在籍は、ブラックプールで酔って起こした事件のために非常に短く、翌年には引退してしまった。1962、66年と2度のW杯に出場。66年大会では優勝メンバーの一人となっているが、怪我のため途中から出場できなかった。イングランド代表57キャップ、44ゴールは歴代3位の記録となっている。現在は新聞のコラムニストやTVのパソナリティーとして活躍。
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Green,Bill ビル・グリーン
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ポジション:DF
生年月日:1950年12月22日
所属クラブ:ハートルプール〜カーライル〜ウエストハム〜ピーターバラ
在籍:1976年6月-1978年1月、35試合出場1得点
口ひげがトレードマークだったセンターバック。当時2部のカーライルから獲得し、重荷最終ラインのバックアッパーとしての立場が続いた。
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Green,Robert ロバート・グリーン
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ポジション:GK
生年月日:1980年1月18日
所属クラブ:ノーリッジ・シティ〜ウエストハム
在籍:2007年月−、試合出場得点
代表歴:イングランドA代表5試合
2006年夏にチャールトンとの競合の末に獲得した守護神。ノーリッジのアカデミーで育ち、キャリアの殆どを2部で送りながらもA代表にまで登り詰めた。2006年のW杯ドイツ大会のイングランド代表に選ばれていたが、直前のテストマッチ、ベラルーシ戦でゴールキックに失敗して負傷。無念のリタイアを余儀なくされた。プレーに波が少なく、ポジショニングの良さに定評がある。2007-08年シーズンには数々の奇跡的なセーブを連発し、ハマー・オブ・ジ・イヤーに輝いた。カペッロ監督となってからはイングランド代表の常連となり予選では多くの試合でゴールマウスに立った。191センチ93キロ
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Greenwood,Ron ロン・グリーンウッド
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ポジション:DF/MF
生年月日:1921年11月11日
所属クラブ:チェルシー〜ブラッドファード・アベニュー〜ブレントフォード〜チェルシー〜フラム
代表歴:イングランドB代表1回
クラブ史上最も偉大な監督。ブレントフォードやチェルシーでセンターハーフとして活躍、1954-55年シーズンにはチェルシーでリーグ制覇も経験している。イングランド・ユース代表のコーチを務めた後、1961年にウエストハムの監督に就任すると、65年にFA杯初優勝。翌シーズンはチャリティシールドを獲ったのを手始めに、欧州カップ・ウイナーズ・カップに優勝、リーグ・カップにも準優勝を果たし、ウエストハムの黄金期を築き上げた。非常に思慮深く、試合に対する洞察力も抜群で、ノックアウト方式の大会を得意とした。ムーア、ハースト、ピータースなど多くの代表選手も育て上げ、多くの選手から父のごとく慕われた。1974-75年シーズンからは総監督としてチームを見守り、2度目のFA杯優勝を果たし、欧州カップ・ウイナーズ・カップでも準優勝に導いた。
1977−82年にイングランド代表監督に就任するためにクラブを離れ、2回連続してW杯本大会に出場できなかったチームをスペインへと導いた。2006年2月8日逝去。
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Grie,Mike マイク・グライス
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ポジション:FW
生年月日:1931年11月3日生まれ、2002年逝去
所属クラブ:コルチェスター・U〜ウェストハム・U〜コベントリー・C〜コルチェスター
在籍:1955-1961年
1955年にコルチェスターから1万ポンドを出して獲得したウインガー。1957-58年の1部昇格に尽力し、1961年にコベントリーへと移籍したが、翌季には古巣コルチェスターへと戻って行った。
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Grotier,Peter ピーター・グロタイアー
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ポジション:GK
生年月日:1950年10月18日ロンドン生まれ
所属クラブ:ウェストハム〜カーディフ(レンタル)〜リンカン・シティ(レンタル)
在籍:1969-1974年
殆どの時間をボビーファーガソンの控えという立場で過ごしたキーパー。
2度に渡って下部リーグのクラブへ修行に出されたが、いずれの場所でも定位置を掴むことはできなかった。引退後はグリムズビーのGKコーチを務めた。
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