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Radford,John ジョン・ラドフォード
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ポジション:FW
生年月日:1947年2月22日生まれ
所属クラブ:アーセナル〜ウエストハム〜ブラックバーン〜ビショップズ・ストートフォード
在籍:1976年12月-1978年月、30試合0得点
ウエストハムへの加入が失敗に終わった選手の一人。1971年にアーセナルが2冠を達成したときの選手として有名。ウルブス戦で17歳315日にしてトップリーグでのハットトリックを決めた記録は、いまだ破られていない。アーセナルで育てられ、右ウイングやセンターフォワードとしてプレー。1976年に8万ポンドでアップトン・パークへ来て、30試合に出場したが、1ゴールも挙げることができなかった。だが、1978年にブラックバーンへ移籍すると、デビュー戦でゴールを奪っている。
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Raducioiu,Florin フローリン・ラドチョーユ
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ポジション:FW
生年月日:1970年3月17日生まれ
在籍:1996年7月-1997年1月、11試合2得点
所属クラブ:ディナモ・ブカレスト〜バリ〜ヴェローナ〜ブレッシア〜ACミラン〜エスパニョール〜ウエストハム〜エスパニョール〜VfBシュツッツガルト〜ブレッシア〜ディナモ・ブカレスト〜ASモナコ
代表歴:ルーマニア代表40試合21得点
ACミランなどでもプレーしたルーマニア代表史上に残るストライカー。1990年、94年のW杯でもプレーし、多くのビッグクラブが目を付けた存在だった。1996年夏にスペインのエスパニョールからクラブ記録となる£240万をつぎ込んで獲得。だが、プレミアリーグのタフなフィジカルに戸惑いを覚えて、適応出来ず。その上、練習をさぼったりしてレドナップ監督の頭を悩ませた。結局、アップトンパークの在籍は、わずか6ヶ月ほどでエスパニョールへと戻っていった。178センチ75キロ。
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Rebrov, Sergei セルゲイ・レブロフ
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ポジション:FW/MF
生年月日:1974年6月3日、ドネツク生まれ
在籍:2004-05年、31試合出場2ゴール
所属クラブ:シャフタル・ドネツク〜ディナモ・キエフ〜トッテナム〜フェネルバチェ〜ウエストハム
〜ディナモ・キエフ
代表歴:ウクライナ代表65キャップ13ゴール
2004年夏にスパーズを自由契約となっていたことから加入したウクライナ代表のFW。2000年にジョージ・グレアム監督(当時)が£11mを出してディナモ・キエフから連れてきた。
ディナモ・キエフ時代には、現ACミランのシェフチェンコとのペアで欧州を席巻し、190試合で93ゴールを挙げている。ウクライナ代表としては49キャップで13ゴール。
グレン・ホドル監督就任以降に出番を減らし、スパーズでは59試合で10ゴールという数字を残しながら、2003-04年シーズンはトルコのフェネルバチェに貸し出されて攻撃的MFとしてプレー。
リーグ優勝に貢献し、ディナモ・キエフ時代以来となるチャンピオンズ・リーグにも出場した。
171センチ66キロ。
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Redknapp,Harry ハリー・レドナップ
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ポジション:FW
生年月日:1947年3月2日
所属クラブ:ウエストハム〜ボーンマス〜ノーリッジ〜ブレントフォード〜シアトル・サウンダース日、ドネツク生まれ
在籍:1965-72年、149試合出場7ゴール
監督歴:ボーンマス〜ウエストハム(1994-2001年)〜ポーツマス〜サウサンプトン〜ポーツマス〜トッテナム
選手・監督としてクラブに貢献したクラブの歴史を代表する人物。幼年期はアーセナルのサポーターであったが、学校を出るとグラウンド・スタッフとしてクラブに入り、1964年に17歳でアプレンティス契約。翌年トップデビューを果たす。黄金期のチームにあってすぐにレギュラー定着とはならなかったが、精力的な働きをする右ウイングとして活躍した。
1972年8月にボーンマスへ移籍。ノーリッジ、ブレントフォードを経てから米国のシアトル・サウンダースでもプレーした。オックスフォード・UでB・ムーアの補佐を務めた後にボーンマスの監督となり、1987年には3部リーグ優勝へと導いた。1992年にビリー・ボンズ監督の下で助監督としてアップトン・パークへ戻って来ると、最初のシーズンでプレミア昇格を果たす。
1994年8月には、ボンゾからチームを引き継いで再び古巣の監督になると、1999年には久し振りのUEFAカップ出場へと導いた。2001年にクラブ・フロントと補強策を巡って争い辞任。その後、ポーツマス監督に就任した。
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Reid,Kyel カイル・リード
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ポジション:MF/FW
生年月日:1987年11月26日
所属クラブ:ウェストハム〜バーンズリー(レンタル)〜クリスタル・パレス(レンタル)
在籍:2005年−年月、3試合出場0ゴール
代表歴:イングランドU17、U18、U19代表
ユース所属の中では出世頭となっているMF/FW。左ウイングが本職。すり抜ける速さを持ち、滑らかなターンでゴールへ向かう。イングランドU17代表では、9試合で3ゴールを記録。180cm
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Reo-Coker,Nigel ナイジェル・レオ・コーカー
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ポジション:MF
生年月日:1984年5月14日
所属クラブ:ウインブルドン〜ウェストハム〜アストンビラ
在籍:2004年1月−2007年6月、142試合出場11ゴール
代表歴:イングランドU19、U20、U21代表
南ロンドンの出身。2004年1月にウィンブルドンから獲得したMF。若干19歳にしてドンズのキャプテンを任された通りに生来のリーダーシップを持つ選手であり、ローマスの後継者とも目されていた。カードが多い面もあるが、タフな戦いが出来るタイプであり、イングランドU21代表でも主軸として期待される。中距離砲も魅力。2006年のW杯ドイツ大会でバックアップメンバ−に選ばれたが、背中の怪我のためにフィル・ネビルと変わっている。175センチ、77キロ。幼少期を父のルーツであるシェラレオネで過ごしており、シェラレオネ代表への気持を口にしたこともある。
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Repka,Tomas トマス・レプカ
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ポジション:DF
生年月日:1974年1月2日生まれ
在籍:2001年9月−2006年1月、167試合0得点
所属クラブ:バニク・オストラバ〜スパルタ・プラハ〜フィオレンティーナ〜ウエストハム〜スパルタ・プラハ
代表歴:チェコ代表46キャップ2得点
2001年に財政破綻したイタリアのフィオレンティーナからクラブ史上最高額となる£5.5m(約11億円)で獲得したチェコ代表のディフェンダー。右サイドバックを本職とするが、センターバックとしても高い能力を発揮する。短期政権に終わったローダー監督が獲得した選手の中で最も安定した活躍を見せていた。普段は冷静沈着で、攻撃の起点となるフィードにも長けているが、とにかく異議による警告が多い。ローダー政権下ではデイリーと中央の守備を任され、パードゥ監督には主に右サイドで起用された。チェコ代表としては、2000年の欧州選手権などにも出場している。184センチ78キロ。
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Richards,Tony トニー・リチャーズ
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ポジション:FW
生年月日:1973年9月17日
前所属クラブ:ウエストハム−香港−サドベリー−ケンブリッジ−レイトン・オリエント
−バーネット−サウスエンド
アカデミー出身のアタッカー。若くして香港へ渡り、帰国後はロンドン近郊の下部リーグのクラブでプレーした。
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Rieper, Marc マルク・リーパー
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ポジション:DF
生年月日:1968年6月5日
所属クラブ:アーハス〜ブロンビー〜ウエストハム〜セルティック
加入年:1994年12月〜1997年9月、90試合5得点
代表歴:デンマーク代表61試合2得点、1998年W杯出場
当初はデンマークのブロンビーからレンタルで加入。翌1994年80万ポンドで正式加入となったセンターバック。ストッパータイプのビリッチとは良いパートナーとなり、最終ラインの枚数に関わらずスイーパー役となった。在籍時は不動のレギュラーとして活躍し、100試合以上に出場した。カバーリングの能力に優れ、冷静なフィードでチームに安定感をもたらした。1997年にセルティックへ移籍したが、翌年に怪我のため現役を退いた。現在はアーハスでホテルを経営している。
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Roeder, Glenn グレン・ローダー
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ポジション:DF
生年月日:1953年12月13日
所属クラブ:レイトン・オリエント〜QPR〜ノッツカウンティ〜ニューカッスル〜ワトフォード〜レイトン・オリエント〜ジリンガム
監督歴:ジリンガム〜ワトフォード〜ウェストハム〜ニューカッスル〜ノーリッジ
代表歴:イングランドB代表7回
ハリー・レドナップの辞任を受け、2001年シーズンから急遽チームを任されたクラブ9代目の監督。ホドル監督の下ではイングランド代表スタッフとして働いていたが、体制の変更とともにウエストハムのコーチに就任。
ワトフォードの監督時代にはディビジョン2に落とした経験も持ち、ウエストハムで降格させたチームは2つ目となった。2002-03年シーズン終盤に脳溢血で倒れて、病床で降格を知らされた。
翌シーズンは監督業に復帰したが、シーズン開幕直前になってから主力を相次いで放出。不可解な選手起用も加わって批判が高まり、リーグ開幕3試合後に解任された。現役時代は主にQPRやニューカッスルでプレーしたディフェンダー。2006年にスーネス監督の解任を受けて、古巣ニューカッスルの監督代行となった。
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Robson, Bryan "Pop" ブライアン・ポップ・ロブソン
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ポジション:FW
生年月日:1949年1月1日グラスゴー出身
在籍:1970-74年&1976-79年、合計254試合出場104得点
所属クラブ:ニューカッスル〜ウエストハム〜サンダーランド〜ウエストハム〜チェルシー〜カーライル
2度に渡って在籍し、チームの得点源として活躍したFW。サンダーランド出身で、ハーストのような切れ味を持った選手だった。1971年2月にニューカッスルよりポンド12万で獲得。1972-73年シーズンには、28ゴールでリーグのトップ・スコアラーにも輝いている。サンダーランドでプレーした後、1976年に戻ってきた。リーグ戦で挙げた通算94ゴールは、クラブ歴代6位の数字。引退後は、ハートルプールやマンUなどでコーチも務めている。
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Robson,Keith キース・ロブソン
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ポジション:FW
生年月日:1953年11月15日
所属クラブ:ニューカッスル〜ウエストハム〜カーディフ
在籍:1974年9月-1977年8月、68試合出場13得点
1975年のFA杯制覇時に主力となった左ウイング。ニューカッスルでは期待の若手とみなされていたが、20歳にしてアップトンパークへ。移籍初年度にはウインガーながらも、25試合で10得点と言う数字を残して、一躍ファンの心を掴んだ。
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Robson, Mark マーク・ロブソン
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ポジション:F
生年月日:1969年5月22日
所属クラブ:エクセター〜トッテナム〜レディング(レンタル)〜トッテナム〜ワトフォード(レンタル)〜プリマス(レンタル)〜トッテナム〜エクセター(レンタル)〜ウエストハム〜チャールトン
在籍:1992年9月-1993年8月、47試合出場8得点
1987年にスパーズが5万ポンドを費やした左ウイングだが、スパーズではポジションをつかめずに3チームに貸し出された後、移籍金なしでウェストハムに加入。1992-93年シーズンには、レギュラーとして44試合に出場。8得点を挙げる活躍を見せてクラブのプレミシップ昇格に貢献したが、翌季には12万5,000を提示したチャールトンへと売られてしまった。
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Robson, Stewart スチュワート・ロブソン
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ポジション:MF
生年月日:1964年11月6日
所属クラブ:アーセナル〜ウエストハム〜コベントリー
在籍:1987年1月-1991年3月
前所属のアーセナルでは、1984-85年シーズンの年間最優秀選手ともなった攻撃的MF。 1981年11月にガナーズでプロ契約。一ヵ月後のウエストハム戦でデビューを果たし、そのシーズンのFA杯とミルク杯で準決勝まで進むのに貢献した。イングランドU21代表経験あり、1部で151試合16点。
1987年1月に£70万で獲得。1987-88年にはハマー・オブ・ジ・イヤーに輝いている。骨盤を痛めて長く戦列を離れた後、1991年3月にコベントリーへ移籍した。ウエストハムではリーグ戦69試合4得点。
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Rosenior, Leroy リロイ・ローシニアー
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ポジション:FW
生年月日:1964年03月24日ロンドン、クラッパム出身
所属クラブ:フラム〜QPR〜ウエストハム〜フラム(レンタル)〜チャールトン(レンタル)
〜ブリストル・C〜フリート〜グロチェスター・C
在籍:1987-91年、53試合出場15得点
指導歴:ブリストル・C(ユース・コーチ)〜グロチェスター・C(選手兼監督)
〜ブリストル・C(リザーブ・チーム・コーチ監督代行)〜マーサー・チィドフィル監督〜トーキー・U監督
代表歴:イングランドU16、U21代表及びシェラレオネ代表 1キャップ
ロンドン生まれだが、自身のルーツであるシェラレオネ代表となったストライカー。 1988-89年シーズンには、計11ゴールを挙げてチームのトップ・スコアラーとなった。
QPRにいた1986年には、リーグ杯決勝に進出する原動力となったが、試合はオックスフォードに敗れている。二度のレンタルを経て、ブリストル・Cへ移り、最後に所属したグロチェスター・Cでは選手兼監督となり、ピッチではセンターバックに転向した。
反人種差別の運動に対して積極的な発言をすることでも知られている他、息子リアムはフラムの選手。近年ではトーキー・Uの監督としてリーグ・ワンへの昇格を果たしていたが、主軸の離脱によって降格。2006年1月に退任している。
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Rowland, Kieth キース・ローランド
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ポジション:DF
生年月日:1971年9月1日
在籍:1993-98年、91試合出場1得点
所属クラブ:ボーンマス〜コベントリー(レンタル)〜ウエストハム〜QPR〜ルートン〜チェスターフィールド〜バーネット〜ダゲナム&レッドブリッジ〜ウェリング
北アイルランド代表では左サイドバック。ウェストハムでは中盤でもプレーしたユーティリティプレーヤー。港町に育ち、地元ボーンマスでキャリアをスタート。
コベントリー・Cへの期限付き移籍を経験した後でアップトン・パークへやって来た。移籍金は11万ポンドだった。中盤もそつなくこなす万能型で、90年代前半のチームを支えた。
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Ruddock, Niel ニール・ラドック
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ポジション:DF
生年月日:1968年5月9日
所属クラブ:ミルウォール〜トッテナム〜サウサンプトン〜リバプール〜QPR〜ウエストハム
〜クリスタル・パレス〜スウィンドン
在籍年:1998年7月-2000年在籍、49試合出場1得点
代表歴:イングランド代表1キャップ(1994年ナイジェリア戦)
破壊者と怖れられた屈強なDF。ミルウォール時代にジョージ・グレアムに見出され、重量感のあるCBとして各チームを渡り歩いた。リバプール時代の1995年にはナイジェリア戦でA代表にも名を連ねている。その風貌やプレースタイルとは違って、ファンへのサービス精神豊かで優しい態度からどこでも親しまれてきた。アップトンパークでの活躍の後は、コーチ兼任でクリスタルパレスへと移籍。愛称は、かみそりを意味する「RAZOR」
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Ruffell, Jimmy ジミー・ラッフェル(James Ruffell)
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ポジション:FW
生年月日:1900年
在籍:1921-37年、通算548試合出場166得点
代表歴:イングランド代表
ハマーズの歴史上6位となる通算548試合の出場記録を持つ偉大な先人。1900年8月、エリザベス女王の母親が生まれた4日後にヨークシャーのドンカスターに生まれた。幼い頃に南部へ移り住み、コックニーを自然と身につける。1923年のホワイトホース・ファイナルなどにも出場し、左ウイングとして初期の黄金時代を形成。ヴィク・ワトソンとともに数多くのゴールを生み出しただけでなく、アシストも量産した。1937年にオルダーショットへ移籍し、そこで現役生活を終えた。引退後は魚市場で働き、ビール工場の取締役ともなっていた。1989年9月6日、永眠。リーグ戦だけでの159得点は、クラブ史上3位の記録。
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Rush, Matthew マシュー・ラッシュ
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ポジション:FW
生年月日:1971年8月6日
代表歴:アイルランドU21代表4キャップ
在籍:1990年3月〜1995年8月、57試合出場5得点
所属クラブ:トレイニー〜ケンブリッジ(レンタル)〜スウォンジー(レンタル)〜 ノーリッジ〜ノーサンプトン(レンタル)〜オールダム〜1999年9月引退
下部組織から育った黒人ウィンガー。正式にプロ契約を果たしたのは1990年3月だが、 昇格前の1988年3月にハル戦で17歳にしてトップデビュー。
トリッキーなドリブルと鋭いクロスで将来を嘱望されたが、大きな成長が見られぬ ままノーリッジへ放出された。とはいえ、新天地でも緒戦で骨折という試練に見舞われ、
以降もファーストチームでの出場機会を求めて下部のチームを渡り歩いた。
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