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St. Pier,Wally ウォリー・セント・ピアー
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1930年代のセンターハーフ。“現役時代には、ビッグ”ジム・バレットの代役として24試合に出場しただけで、これといった華々しい成績は残せなかったが、引退後にアップトンパークの伝説となった。チャーリーペインターからチーフスカウトに任命されると、47年に渡って数多くの優秀な素材を発掘し続けた。ボビー・ムーア、ジェフ・ハースト、マーティン・ピータースなどクラブや代表の黄金期を担った選手たちを次々と見い出していった。1975年にクラブから功労賞を送られ、翌年スカウト業を引退。1989年に永眠している。
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Scaloni, Lionel リオネル・スカローニ
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ポジション:DF/MF
生年月日:1978年5月16日生まれ
在籍:2006年在籍、13試合出場0得点
所属クラブ:ニューエルス・オールドボーイズ〜エスツディアンテス〜デポルティボ・ラ・コルーニャ
〜ウエストハム(レンタル)〜ラシン・サンタンデール〜ラツィオ〜マジョルカ(レンタル)
代表歴:アルゼンチン代表
2006年1月に期限付きで獲得した右サイドバック。シーズン終了後に完全移籍となるオプションは付けられず、スペインへの復帰を前提とした契約となった。当初はガブリ獲得を優先事項としていたが、懸案の右サイドバックとしてリーガ屈指の選手に白羽の矢を立てた。1997年に母国のエストゥディアンテスからラ・コルーニャに移り、最近では主将も務めていた。
しかしながら、昨夏、ホアキン・カパロプを獲得したことで出場機会が減っており、W杯を見据えたアルゼンチンA代表に残るためにも移籍を決意したといわれている。
1997年のWユース優勝メンバーで、サイドハーフやボランチでもプレーできる。気性が荒い点はレプカとも被り、「ブル」というニックネームも頂戴していた。182センチ73キロ。
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Schemmel, Sebastien セバスチャン・シェメル
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ポジション:DF/MF
生年月日:1975年6月2日生まれ
所属クラブ:ナンシー〜メッツ〜ウエストハム〜ポーツマス〜ル・アブール
在籍:2001-2003年在籍、73試合出場1得点
2001年1月にフランスのメッツから£46万5千でやって来た右サイドバック。シンクレアの怪我により代役を探していたレドナップ監督が、インタートト・カップで対戦したメッツ時代のプレーを覚えていたおかげで獲得した。当初はレンタルであったが、翌シーズンからは完全移籍となった。
鋭いタックルとスピード溢れる攻撃参加は、アップトンパークの喝采を生み、右サイドからの重要な武器となってチームに欠かせない存在となった。
チーム降格後も残留していたが、2003-04年シーズン開幕前に怪我が癒えたにも関わらず、プレシーズンの遠征にも参加出来ずに干されたことからローダー監督と対立し、移籍を志願。ハリー率いるポーツマスへと去った。2001-02年シーズンのハマー・オブ・ジ・イヤー。177センチ76キロ。
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Scott,Tony トニー・スコット
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ポジション:FW
生年月日:1941年4月1日
所属クラブ:ウエストハム〜アストンビラ〜トーキーU〜ボーンマス〜エクセター
在籍:1957-65年、97試合出場19得点
1957年にグラウンド・スタッフとして加入した右ウイング。その後、イングランド・ユース代表に選ばれて12試合に出場した実績を作り、晴れてプロ契約。1960年2月のチェルシー戦でトップデビューを果たした。右サイドでフィル・ウーズナムとの良いコンビネーションを築いていたが、1965年に£2万5,000ポンドを提示したアストン・ビラへと移籍。1967年にはフランク・オファレルが率いていたトーキーに誘われると、次はジョン・ボンドが監督をしていたボーンマスでもプレー。1974年怪我のためエクセターで引退。マンチェスター・Cの下部組織でコーチを務めた。
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Sealey,Alan アラン・シーリー
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ポジション:MF
生年月日:1942年4月27日
所属クラブ:レイトン・オリエント〜ウエストハム〜プリマス〜ロムフォード〜ベッドフォード・タウン
在籍:1961-67年、128試合出場
黄金期のメンバーの一人。1965年のカップ・ウイナーズ・カップ、1860ミュンヘンとの決勝戦では2ゴールを挙げて栄冠をもたらした英雄。だが、ウェンブリーで至福のときを味わった翌年、練習場でクリケットをしていた際に足の骨を折ってしまう。これが原因でキャリアを台無しにしてしまい、以後は目立った活躍をできなかった。後のGKのレス・シーリーはいとこ。1996年2月心臓病のため、53歳の若さにして永眠している。
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Sealey,Leslie レスリー・シーリー
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ポジション:GK
生年月日:1957年9月29日
在籍:1994年11月〜1996年8月、4試合出場0得点
所属クラブ:コベントリー〜ルートン〜プリマス(レンタル)〜マンチェスター・U(レンタル/完全移籍)〜アストン・ビラ〜コベントリー(レンタル)〜バーミンガム(レンタル)〜マンチェスター・U〜ブラックプール〜ウエストハム〜レイトン・オリエント〜ウエストハム(1996年11月よりコーチ)
長くマンチェスター・UのサブGKとして知られた選手。トップチームでの出場機会は多くなかったが、引退後もGKコーチとしてクラブに残り、後進の指導にあたった。1994年11月にブラックプールから無償で獲得、とてもポジティブで明るい性格の選手であった。1995年9月のアーセナル戦(アウェー)では、モンカーに代わってFWとして出場した経験を持つことでも有名。シルトンとの交換によりレイトンでの生活を送った後、アップトンパークに戻って来た。 2001年6月にハリー・レドナップ監督とランパード助監督が辞任したのを受けて同時に退団。
その直後の2001年8月19日に、心臓病のため43歳の若さで永眠している。
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Sears,Freddie フレディ・シアーズ
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ポジション:FW
生年月日:1989年11月27日、ロンドン東部ホーンチャーチ出身
在籍:2008年1月〜年月、1試合出場1得点
所属クラブ:ウエストハム〜クリスタルパレス(レンタル)〜コベントリー(レンタル)
アカデミーが生んだ生粋のストライカー。U18レベルの15試合で20得点を挙げる活躍を見せてリザーブチームに引き上げられると、そこでもコンスタントに得点を増やして23試合で25得点とコンスタントにゴールを量産。2007-08年シーズン途中でファースト・チームの背番号40を手にした。また2008年1月のクロアチア戦に飛び級でイングランドU19代表にも選出されている。2008年3月のブラックバーン戦で交代出場にてプレミアリーグ・デビューを果たすと、ピッチに立って僅か5分でネットを揺らし、連敗中のチームに勝利を手繰り寄せた。OBのスチュアート・ピアースU21代表監督からは21世紀のリネカーとなる素質があると絶賛されている。現契約は2010年まで。170センチ
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Sexton,Dave デイブ・セクストン
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ポジション:FW
生年月日:1930年4月6日イズリントン出身
所属クラブ:ルートン・タウン〜ウエストハム〜レイトン・オリエント〜ブライトン&HA〜クリスタル・パレス
監督歴:レイトン・オリエント〜チェルシー〜QPR〜マンチェスター・U〜コベントリー
1953年にルートン・タウンから加入したFW。“カセッターリのカフェ”で有名なアカデミーのオリジナル・メンバーの一人。
選手としては77試合に出場して29ゴールという平凡な数字だが、指導者としてのキャリアはそれを大きく上回るものとなった。チェルシーを1970年のFA杯や欧州カップ・ウィナーズ・カップ優勝に導いている他、アーセナル、マンチェスターUなどでも監督を務めた。イングランドU21代表のコーチとなり、欧州U21選手権を2度制している。FAの初代技術委員長でコーチング・スクールの校長も務めて、現在もFAのコーチング・システムの指導的立場にある。
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Shea,Danny ダニー・シー
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ポジション:FW
生年月日:1887年生まれ
所属クラブ:ウエストハム〜ブラックバーン〜ウエストハム
在籍:1908-13年&1920-21年、通算195試合出場112得点
ウエストハム創設期の優れたアタッカー。ストラッドフォードのパブ・チームでプレーしていたところをペインター監督に目を付けられ、クラブへ加入。瞬く間にトップチームのインサイド・フォワードとして欠かせない選手になった。179試合で111ゴールを挙げており、イングランド代表としても2キャップを獲得した。
1913年にそれまでの国内記録を破る£2,000もの移籍金でブラックバーンへ移る。ブラックバーンで2度のリーグ優勝も経験した後、1920年にはアップトンパークへと戻ってきた。
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Sheringham,Teddy テディ・シェリンガム
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ポジション:FW
生年月日:1966年4月2日
所属クラブ:ミルウォール〜オルダーショット〜ジュールガーデン〜ノッティンガム〜トッテナム
〜マンチェスター・U〜トッテナム〜ポーツマス〜ウエストハム〜コルチェスター・U
在籍:2004-2007年、87試合出場30ゴール
代表歴:イングランド代表51キャップ11ゴール
2004年夏、ポーツマスと契約切れだったことから加入した元イングランド代表のベテランFW。加入時は38歳だった。イングランド代表として1998、2002年と2度のW杯にも出場。96年のユーロではオランダ戦で2得点するなど勝負強さも光り、通算51キャップで11ゴールを挙げている。
少年時代は兄の影響からウエストハムのファンだったということで、「夢が叶った。」と本人も御満悦。ミルウォールで頭角を現し、ノッティンガムを経て長くスパーズの英雄として活躍。マンチェスター・Uでは1999年のトレブルも体験した。
その欧州チャンピオンズ・リーグ決勝での同点弾や、2001年の日韓W杯予選ギリシヤ戦でのゴールはつとに有名で、大舞台に強い選手でもある。MLSやカタールへの移籍も囁かれていたが、コベントリーとの競合の末に獲得できた。チャンピオンシップ2年目の2004-05年シーズンに20ゴールを挙げてチームのプレーオフ進出及びプレミア復帰に貢献しただけではなく、自らもリーグのMVPに輝いた。
188センチ77キロ。
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Shilton,Peter ピーター・シルトン
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ポジション:GK
生年月日:1949年9月18日生まれ。
所属クラブ:レスター〜ストーク〜ノッティンガム〜サウサンプトン〜ダービー〜プリマス
〜ウィンブルドン〜ボルトン〜コベントリー〜ウエストハム〜レイトン・オリエント
代表歴:イングランド代表125キャップ
代表キャップ125を数えるイングランドを代表する守護神。レスターでキャリアを始め、ゴードン・バンクスと同じくストークへ移る。ノッティンガム時代には欧州チャンピオンにも輝いた。1986、90年のW杯にも出場し、安定したキーピングで絶大なる存在感を見せ付けた。
ウエストハムには1996年1月から11月まで在籍したが、ルデック・ミクロスコの存在もあって出場機会は得られず。レイトンに移ってからリーグ通算1,000試合出場の偉業を達成した。
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Sinclair, Trevor トレバー・シンクレア
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ポジション:MF/FW
生年月日:1973年3月2日
所属クラブ:ブラックプール〜QPR〜ウエストハム〜マンチェスター・シティ〜カーディフ
在籍年:1998年1月(£160万+2選手)−2003年、205試合出場37得点
代表歴:イングランド代表12キャップ
1998年にキース・ローランドとイアン・ドゥーイーにプラスして金銭という形でチームに加入。在籍時にはチームで最も安定した活躍を見せた選手。両アウトサイドはもちろん、サイドバックからFW、ボランチまでもを高いレベルでこなす能力は、どんな監督にとっても重宝される。
キーガン政権下でのフル代表に初めて選出され、2002年のW杯ではバックアップ・メンバーから昇格して、左MFのレギュラーに定着。イングランドの準々決勝進出に大きな役割を果たした。
2003年のオフに、チームの降格という事情からマンチェスターCへ£250万で放出された。
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Sissons,John ジョン・シッソンズ
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ポジション:MF
生年月日:1945年9月30日生まれ
所属クラブ:バーミンガム〜ウエストハム〜シェフィールド・W
在籍:1962-70年、265試合出場53得点
FA杯決勝において、史上最年少でゴールを決めた選手となったことで有名となったMF。1964年5月のFA杯決勝、プレストン・NEとの試合のときは18歳だった。もちろん、翌年の欧州カップ・ウイナーズ・カップ制覇にも貢献。クラブが最も栄光に満ちた時期を彩った。1963年にバーミンガムより獲得。60年代後半にはフォームを崩したこともあり、シェフィールド・Wに£11万で移籍。引退後は南アフリカに移住し、自動車工場の経営者となった。
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Slater,Robbie ロビー・スレイター
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ポジション:MF/FW
生年月日:1964年11月22日
在籍:1995年8月〜1996年9月、29試合出場2得点
所属クラブ:ブラックバーン〜ウエストハム〜サウサンプトン〜ウルブス
代表歴:オーストラリア代表 17キャップ
1995年8月にブラックバーンから60万ポンドで獲得した運動量豊富でタフな右ウイング。パワフルなシュート力を持ち合わせ、中盤でもプレーした。1年後に25万ポンドでセインツに移籍したが、怪我が重なったこともあり、ほどなくウルブスへ。引退後は、故郷オーストラリアに戻っている。
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Slater,Stuart スチュアート・スレイター
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ポジション:FW
生年月日:1969年3月27日生まれ
在籍:1987-92年在籍、179試合15得点
所属クラブ:ウエストハム〜セルティック〜イプスウィッチ〜レスター〜ワトフォード〜チャールトン
代表歴:イングランドB代表
クラブのユース・システムから生まれた最もエキサイティングな選手の一人。トリッキーなプレーも見せるウインガーとして、大きな潜在能力に恥じないプレーを見せた。
1987年10月のダービー戦に交代出場してトップ・デビュー。翌年にはレギュラー・ポジションをつかむと、90-91年シーズンにはクラブの1部昇格に尽力した。同年のFA杯では6回戦のエバートン戦で目覚しい活躍を見せて、チームを久し振りの準決勝にまで導く原動力となった。
だが、92年に国際経験も豊富なリアム・ブレイディがセルティックから加入するとポジションを失い、アップトンパークを去ることに。イプスウィッチやワトフォードでプレーした後、一時はオーストラリアに渡っていたが、晩年チャールトンへ加入するため戻って来た。
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Small, Mike マイク・スモール
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ポジション:FW
生年月日:1962年3月2日生まれ
所属クラブ:ブロムスグローブ・R〜ルートン・タウン〜ピータバラ・U〜スタンダード・リェージュ〜トウェンテ〜GAイーグルス〜パナシナイコス〜ブライトン&HA〜ウェストハム〜ウルブス(レンタル)〜チャールトン〜スティーブネイジ
在籍:1991-1994年、59試合出場18得点
長く海外で活躍し50万ポンドで加入した黒人CF。デビューして最初の9試合で8得点を挙げるという荒稼ぎで、あっという間にファンの心を捉えた。しなやかでリーチのあるキープから反転するスピードも早く、得意とする空中戦だけでなく足元の技術にも自信を持っていた。加入1年目こそ18得点を挙げたもののクラブの降格を食い止めるには至らず。ウルブスへ貸し出された後、チャールトンに移籍した。
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Smillie,Andy アンディ・スマイリー
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ポジション:FW/MF
生年月日:1941年3月15日
所属クラブ:ウェストハム〜クリスタルパレス〜ジリンガム〜スカンソープ〜サウスエンド
イングランド・ユース代表の経験もあったミッドフィルダー。
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Smith,Johnny ジョニー・スミス
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ポジション:FW/MF
生年月日:1939年1月4日、ロンドン・ショアディッチ出身
所属クラブ:ウェストハム〜トッテナム〜コベントリー〜レイトン〜トーキー〜スウィンドン〜ウォルソール
在籍:1956-1960年、136試合出場23得点
地元出身で、イングランド・ユース&U23代表のキャリアも持った選手。1957-58年の一部昇格決定に重要な役割を果たした。右のサイドハーフを得意とし、インナーとしてもプレーした。ウエストハムを離れた後は、コベントリー、レイトン、トーキーと下部のクラブを渡り歩いたが、スウィンドン時代の1969年にはアーセナルを破ってリーグ・カップを獲得するという歓喜も味わっている。アマチュア・クラブ、ハールスデンの監督をしていたが、1988年に49歳の若さで他界した。
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Sofiane,Youssef ヨーゼフ・ソフィアン
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ポジション:FW/MF
生年月日:1984年7月8日、フランス・リヨン出身
所属クラブ:オセール〜ウエストハム〜リール(レンタル)〜ノッツ・カウンティ(レンタル)〜ローダJC (レンタル)〜コベントリー〜
在籍:2002年6月-2005年8月、1試合出場0得点
2002年夏にローダー監督が獲得した最初の選手。 U15時代から年代別のフランス代表となっていたアタッカーで、獲得時も現役のフランスU18代表の肩書きを持っていた。オセールでは、まだスタメンに入ることが出来ないレベルであったが、潜在能力に目をつけてのスカウトであった。技術的にも高く、3度のレンタルを経験させることで成長を促していたが、2005年夏に契約切れとなったことから放出された。
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Solano,Nolbert ノルベルト・ソラーノ
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ポジション:MF 174センチ64キロ
生年月日:1974年12月12日
所属クラブ:アリアンサ・リマ〜ディポルティボ・ムニシパル〜スポルディング・クリスタル〜ボカJrs〜ニューカッスル〜アストン・ビラ〜ニューカッスル〜ウエストハム〜AELラリッサ〜レスター
代表歴:ペルー代表77回20得点
2007年夏にニューカッスルから獲得したペルー代表の顔。豊富な運動量と高いスキルを誇り、
中盤であればどの位置でもプレーできる。ボカJrs時代には同僚であったマラドーナからも、その潜在能力を高く評価されていた。
子供の学校の関係で家族がロンドンに住んでおり、ロンドンのクラブへ移籍することを望んでいたことからアラダイス監督と十分に話し合っての決定であった。年齢的なこともあって移籍金はゼロ。
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Soma,Ragnvald ランヴァルト・ソーマ
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ポジション:DF/MF
生年月日:1979年11月10日
所属クラブ:Bryne FK〜ウエストハム〜アンデルレヒト(レンタル)〜Bryne〜SKブラン〜バイキングFK
在籍:2001年1月-2002年8月、8試合出場0得点
代表歴:ノルウェーA代表5回
長い交渉の末に獲得したノルウェーU21代表で19キャップの左サイドバック。愛称はラギー。2001年1月に80万ポンドで獲得し、すぐにFA杯のマンチェスター・U戦で歴史的な勝利を挙げた試合でデビューした。ロングスローを得意とし、精度の高いキックはセットプレーでも武器となった。ウインターバーンがいたためにレギュラーとはならなかったが、センターバックでもプレーできるユーティリティー性は、レドナップ監督に高く評価されていた。とはいえ、ローダー監督からは構想外の扱いを受けて、2001-02年シーズンにはアンデルレヒトに貸し出されて、その後の完全移籍を目論んだクラブの思惑が外れたことで、£50万ポンドで古巣へと返された。
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Song,Rigobert リゴベール・ソング
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ポジション:DF
生年月日:1976年7月1日
所属クラブ:トネール・ヤウンデ〜メッツ(仏)〜サレルニターナ(伊)〜リバプール〜ウエストハム
〜1FCケルン(独/レンタル)〜ランス(仏)〜ガラタサライ(トルコ)
在籍:2000年11月-2002年7月、27試合出場0得点
代表歴:カメルーン代表103キャップ3得点
リオの後釜としてリバプールより£2.5mで獲得したカメルーン代表の主将。 17歳でA代表入りし、18歳でW杯米国大会にも出場。以後は、不屈のライオンに欠かせぬ存在として最終ラインを統率してきた。これまでに3大会連続でW杯に出ている他、アフリカ・ネイションズ・カップ連覇などの栄光を担って来た。鋭いタックルと冷静な判断力には定評があり、ウエストハムではスイーパーや右サイドバックでも起用された。
レドナップ監督には重宝されたが、ローダー監督には好まれず。ケルンへのレンタルを経て、2002年夏にフランスのランスへ£1mで放出された。
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Spector,Jonathan ジョナサン・スペクター
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ポジション:DF/MF
生年月日:1986年1月3日、米国アーリントン出身
所属クラブ:ブラデントン・アカデミー〜シカゴ・ファイア〜マンチェスターU〜チャールトン(レンタル)〜ウエストハム
在籍:2006年6月-20??年、試合出場得点
代表歴:アメリカ代表8回
2006年6月に50万ポンドの移籍金で獲得した米国代表のディフェンダー。
マンチェスター・Uのトレイニー出身で、2005-06年シーズンはチャールトンに貸し出されていた。クラブが1年以上前からチェックしていた若手のホープであり、ディフェンスラインならサイドから中央までこなす他、ボランチとしても起用されることがある。。
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Speedie,David デイビッド・スピーディー
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ポジション:FW
生年月日:1960年2月20日
在籍:1993年11試合出場4得点
所属クラブ:バーンズリー〜ダーリントン〜チェルシー〜コベントリー〜リバプール〜ブラックバーン〜サウサンプトン〜バーミンガム(レンタル)〜WBA(レンタル)〜ウエストハム(レンタル)〜サウサンプトン〜レスター・シティ
代表歴:スコットランド代表10試合0得点
気性の荒いスコットランド人ストライカー。スタンフォード・ブリッジではケリー・ディクソンとの名コンビで知られた。1992-93年シーズンにビリー・ボンズ監督がプレミア昇格への切り札として期限付きで獲得。チェルシー時代には、ウエストハムのファンに対してもつっかかるようなことがあったため、すぐにファンから受け入れられた訳ではなかった。
だが、短期間の在籍だったにもかかわらず、11試合に出場して4ゴールを挙げるというまずまずの結果を残した。シーズン最終戦でのケンブリッジ戦でのゴールが印象的。ブラックバーンやコベントリーでもゴールを量産した。170センチ
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Spence,Jordan ジョーダン・スペンス
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ポジション:DF
生年月日:1990年5月24日
在籍:2007年-20??、0試合出場0得点
所属クラブ:ウエストハム〜レイトン・オリエント(レンタル)〜
クラブの将来を担うと期待される長身のセンターバック。2007年のU17W杯にイングランドの主将として出場。ベスト8に導く活躍を見せたことから、未だユース所属ながらも2007年からファースト・チームにも登録された。U17代表では実に36試合を経験、2得点も記録した。
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Standen,Jim ジム・スタンデン
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ポジション:GK
生年月日:1935年5月30日
所属クラブ:アーセナル〜ルートン・タウン〜ウエストハム〜デトロイト・クーガース〜ミルウォール〜ポーツマス
在籍:1962-68年、235試合出場
ローリー・レスリーが足を骨折した間に、NO.1のシャツを確保し1960年代前半の栄光を我がものにしたGK。1964年のFA杯、翌年のカップ・ウイナーズ・カップと2度もウェンブリーのゴールマウスに立ち、ファンとロン・グリーンウッド監督の期待に応えた。1967年にボビー・ファーガソンがやってくると正位置を奪われて移籍した。後に米国へ移住している。クリケット選手としても有名だった。
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Stanislas,Junior ジュニアー・スタニスラス
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ポジション:MF
生年月日:1989年11月26日
所属クラブ:ウエストハム・ユース〜ウエストハム〜サウスエンド(レンタル)〜ウェストハム
在籍:2008-年、試合出場
代表歴:U19、U20イングランド代表
アカデミーが生んだセンスあふれる攻撃的MF。ユースチームでは主将を務めており、2008年からファーストチームに登録。レンタル中のサウスエンドではFA3回戦で得意のFKを沈めた他、僅か9試合で3得点という活躍をして脚光を浴びた。
中盤であれば両サイドのみならず中央でもプレーでき、セットプレーも得意。2009年3月のWBA戦でプレミアリーグに初登場すると、翌月のサンダランド戦では怪我人や出場停止が重なった苦しい中で初スタメンを飾り、ゴールも記録する華々しいスタートを切っている。183センチ
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Stech,Marek マレク・ステッチ
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ポジション:GK
生年月日:1990年1月28日
所属クラブ:スパルタ・プラハ〜ウエストハム
在籍:2006年-、試合出場
ミクロスコの推薦で獲得したチェコU17代表のGK。2006年のオフに50万ポンドでスパルタ・プラハより連れて来た。2006年行われたU17欧州選手権では正GKとして母国の準優勝に貢献した。
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Stevenson,Robert ロバート・スティーブンソン
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ポジション:DF
生年月日:1869年スコットランド生まれ
所属クラブ:サード・ラナーク〜ウールリッジ・アーセナル〜オールド・カッスル・スウィフツ
〜テムズ・アイアン・ワークス〜アーサーリー
クラブ創設時の主将にして、頑強なフルバック。故郷に程近いサード・ラナークでキャリアを始め、1894年5月にウールリッジ・アーセナルへ加入。まだ2部にいたチームでハーフバックとしてプレーした。
翌1895年に放出されると、オールド・カッスル・スウィフツに行き、一時期はスコットランドに帰っていたが、テムズ・アイアン・ワークスFCが創設されると、初代キャプテンとなってチームの創設メンバーに。フルバックだけではなく、センターフォワードでもプレーした。クラブにとって2シーズン目となる1896-97年の途中で、スコットランドのアーサーリーに去ってしまった。
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Stewart,Ray レイ・スチュワート
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ポジション:DF
生年月日:1960年1月1日生まれ
在籍:1979-91年在籍、431試合出場84得点
所属クラブ:ダンディー・U〜ウエストハム〜セント・ジョンストン〜スターリング・アルビオン
監督歴:フォーファー・アスレチック〜リビングストン〜スターリング・アルビオン
代表歴:スコットランド代表10キャップ
PKスペシャリストとして名を馳せた右サイドバック。1979年にダンディー・Uから£43万で加入した時は、国内で最も高額なティーンエイジャーとなった。
11年に渡ってチームの右サイドを任され、アップトンパークで自らのスタイルやキャリアを確立。80年FA杯や2部での優勝に貢献し、十二分なまでに移籍金以上の働きをした。パワフルで正確な右足のキックから「トンカ」というニックネームで呼ばれ、抜群の成功率を誇るPKキッカーとして記憶されている。
11年間で実に86回もPKスポットに立ち、外したのはわずか10回だけだった。スコットランド代表としても活躍、10キャップを得ている。
1989年1月のダービー戦で膝の靭帯を断裂。91年5月のチャールトン戦で復帰するまで14ヶ月もかかってしまい、自由契約となった。引退後は、スコットランド2部のスターリング・アルビオンの監督にも就任した。ダンディー・U時代にも、ジャパンカップで来日経験あり。
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Stimac, Igor イゴール・スティマッチ
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ポジション:DF
生年月日:1967年9月6日メトコビッチ生まれ。
在籍:1999年8月-2001年7月在籍、52試合出場1得点
所属クラブ:チバリア〜カディス〜ハイデュク・スプリット〜ダービー・C〜ウエストハム〜ハイデュク・スプリット
代表歴:クロアチア代表50回2得点
1998年の仏W杯では、クロアチア代表が3位となる原動力としてDFラインを統率したスイーパー。1999年9月にダービーから£60万という破格の安値で加入。空中戦にも強く、読みの良い守備でリオやマルガスらと共に久し振りのUEFAカップを経験した1999-00年シーズンを支えた。2年間アップトンパ・ークでプレーし、レドナップ監督が去ったこともあって古巣ハイデュク・スプリットに戻る。
クロアチア代表として2002年のW杯出場も有力視されていたが、怪我のため本大会直前に現役引退した。
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Stockdale, Robbie ロビー・ストックデイル
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ポジション:DF
生年月日:1979年11月30日生まれ
所属クラブ:ミドルスブラ〜シェフィールド・W〜ウエストハム〜ロザラム〜ハル・シティ〜ダーリントン(レンタル)〜トランメア
代表歴:スコットランド代表5キャップ
パードゥ監督にとって2人目の獲得選手となった右サイドバック。スコットランド代表5キャップを持ち、先日はB代表でもプレーしたばかり。ボロではこれまでリーグ戦75試合、FA杯7試合、リーグ杯9試合に出場している。地元ミドルスブラの出身で、現在23歳。2000年にはシェフィールド・Wへの短期レンタルを経験し、6試合をオウルズのためにプレーしている。
今季はリーズからイングランド代表のレギュラー、ダニー・ミルズが加入していたために、レスター、リーズ戦2試合のみの出場となっていた。
先日のフォレスト戦では、ピアースが怪我のためにレプカが中に入り、マリンズが右を担当したが、レプカのサスペンションも迫っているため、緊急の補強となった。180センチ71キロ
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Stokes,Tony トニー・ストークス
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ポジション:MF
生年月日:1987年1月7日、ロンドン出身
所属クラブ:ウエストハム〜ラシュデン&ダイアモンズ(レンタル)〜(ブライトン&HAレンタル)〜スティーブネイジ〜ウエストハム〜ウーイペシュト
在籍:2003年7月-2009年
アカデミーが生んだ将来の有望株。11歳で下部組織入り。当初はストライカーとしてプレーしていたが、攻撃的MFにコンバートされて著しい成長を見せた。2004-05年シーズンにはリザーブリーグで良いパフォーマンスを見せて、ファーストチームに帯同する機会を得た。既に 2005年9月20日のカーリング・カップ、シェフィールド・W戦でトップデビューを果たしているが、経験を積むためにラシュデン&ダイアモンズへレンタルされている。178cm
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Strodder,Gary ガリー・ストロッダー
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ポジション:DF
生年月日:1965年4月1日
所属クラブ:リンカン・シティ〜ウエストハム〜WBA〜ノッツ・カウンティ〜ロザラム〜ハートルプール
在籍:1987-90年、81試合出場2ゴール
1987年3月にリンカン・シティから獲得したディフェンダー。1990年のオフに£19万でウエストブロムへ売られた。その後、ノッツ・カウンティ、ロザラム、ハートルプールでもプレーし、36歳となる2001年まで現役でプレーした。
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Suker, Davor ダボル・シュケル
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ポジション:FW
生年月日:1968年1月1日
所属クラブ:NKオシェク〜ディナモ・ザグレブ〜セビージャ〜レアル・マドリッド〜アーセナル
〜ウエストハム〜1860ミュンヘン
在籍:2000年7月-2001年11月、13試合出場3得点
代表歴:クロアチア代表68回45得点
1998年フランスW杯の得点王で、欧州を代表するストライカー。ゴール前でのマークを外す技術は天才的で、わずかな隙を見つけてフィニッシュのポイントを見つけ出す。左足から放たれるシュートは常にゴールの枠を捉え、冷静にネットを揺らす。流れてチャンスメークをしたり、身体を張ったポストプレーに精を出すタイプではなかったために組み合わせが難しく、行き来の激しいイングランドのスタイルにもマッチしたとは言えなかった。
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Swindlehurst,David デイビッド・スウィンドルハースト
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ポジション:FW
生年月日:1956年1月6日
所属クラブ:クリスタル・パレス〜ダービー・カウンティ〜ウエストハム〜サンダーランド〜アノルトシス・ファマグスタ(ギリシア)〜ウィンブルドン〜コルチェスター〜ピータバラ
在籍:1982-85年、71試合出場18得点
188センチの長身FW。1983年3月にダービーから16万ポンドで獲得した。1985年のキリンカップでは、マレーシア・タイガー戦でのハットトリックを含む計6得点をあげる活躍を見せて、本場の迫力を存分に日本のファンに示してくれた。だが、ポール・アレンと同じく、日本遠征後にウエストハムを去ってしまう。70年代のクリスタル・パレスでの活躍は有名。
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